あの人(元夫)は、調停になる前の話合いの時点では、私と別れるつもりは無かったと確信している。
この話合い直前に私に言ったこと。
「なんでも全てを話しますよ。録音でもなんでもしてくださいね。」
前日から反省オーラを見せまくり、それによって情に弱い私は許すに決まっている、とでも踏んでいたのだろう。自信たっぷり、満面の笑みだった。
もちろんデリ嬢の件を私が知っている事すらまだ気づいてもいなかったあの人。
でも話合いが始まり、自分が思っていた以上に、私は何でも知っていた。
しらを切り通せると思っていたはずがそれも叶わず、逃げ場が無くなったことが分かると、
「なにもこの歳になって一人でやっていくなんて、大きなリスクを背負わなくてもいいんじゃない?」
あの人がそう言ったにもかかわらず、私は調停を申し立てた。
それはあの人の言葉に全く誠意を感じられなかったから。
例え騙し通そうとした話し合いだとしても、その途中で自分の非を認める言葉が出てきたなら、私は方向転換する余地はあったのに…
でも話合いだけでなく、とうとうその調停が結審するまでに、一度たりともそんな場面に出会う事はなかった。
要は、別れない=大事な人だから、ではなかったのだ。
あの人にとっての私は、体裁であり、女中であり、認知になりかけていた母親代理だったのだと思う。
気持ちはなくても、そばに置いておきたい便利な存在、だけだったのだ。
調停の初めに、別れるつもりは無いと言っていた人が手のひらを返してきたのは義父が亡くなった時だった。
自分の風俗遊びなんて少ないものだし(誰と比較して?笑)、それより親の最期を見捨てた私の方がよっぽどひどいのでモラハラで訴えたい、とまで言ったのだ。(参考までに👇)
こうして経過を追ってみると、頭の中の整理もできないまま断片的に思い出す「あの人」とは違う、もう一人の人間が見えてくる。
離婚成立から8カ月が過ぎて、ようやく私も「選択は間違ってなかった」と思えるようになった。
もちろん生活は以前のようにはいかない。当たり前にできていたことが、今はできない事が多くなった。
節約もしなくちゃいけない。寂しいと感じることも多い。
でもいくらお金の心配がなくても、二人で暮らしていながら心が離れ離れ…いや、片方だけが離れていくのはもうコリゴリ。しかも「離れてませんよ」と嘘の上塗りされながら、ね。
頭では解っていたつもりだったけど
大好きだった分、現実を認める作業は本当に辛かった。。。
もちろんこの結果が正解かどうかは分からない。
ただ、独りになった私が路頭に迷うことなく、周りに声を掛けてもらいながら今日も明るく生きられたこと、今はこれだけで充分…
気持ちの総決算は、ちょっぴりの「黒字」…かな![]()
