何の進展もなかった3回目の調停の翌日、引越はうだるような暑い中となった。
身内側は自分含めて5人、夜逃屋さん3人、総勢8人で2時間以内に終わらせなくてはならない。
エレベーターに乗ってる時から心臓の音が周りに聞こえるんじゃないかと思うほどバクバク鳴っていた。
高層階で降りると、いつも見ていた遠くの山々まで見渡せる、大好きだった風景が変わりなくあった。
思わず感傷的な気分に…
いやいやそうはいかない。
家に入るとリビングの真ん中にある大テーブルに新聞を広げた夫がいた。
夫は私の顔を見るなり「健康保険証!」と言って手を出した。
「保険証は代理人を通してやりますから」
「代理人通してなんて言ってると…〇×△■※…」
怒り出したらまるで機関銃のように言いたいことが止まらなくなる夫。
「だいたい最近だって使ってるでしょ保険証!使ってるのになんで扶養が外れてる訳があるの!」
「???」
「だからこんなFAX送ってくるなよ!」
そう言ってテーブルに一枚の紙をバンッと叩きつけた。
見るとウチの代理人から夫の代理人宛の扶養を外したことの問い合わせだった。
「あなたんとこの代理人ってなんなの?調停でもこっち側で笑い者にしてたんだよ。弁護士なの、あれで」
「いや私は扶養を外したっていうのは調停委員から聞いたんだから」
「だからあの人たちもおかしいのっ!」
「そんなこと私に言われたって」
「だいたい保険証使えないんだよ。どこに行ったのかも分からない行方不明な訳で、そんな違法な事やってて」
「違法かどうか分からないけど、そういうのは後で代理人にやってもらって。時間ないよ。」
見かねた弟からの一声だった。
「勝手にしろっ!」
そう言ったきり夫は二度と口を開くことはなかった。
こんな会話が夫婦として最後の会話となった。
10年弱、夫婦だった二人の会話が、ね。
荷物出しは手慣れたプロのお陰で予定より15分程早く終わった。
但しマンションの通路は裸の荷物が狭くしてて、顔見知りの人が通るたびに謝ることになった。
そしてこんな形で荷物を出している私に皆、興味津々…
このマンションで2人もの妻を送り出した夫…
ここで夫はどんな暮らしをしていくのか…
まぁ勝手にしろって言われたんだから、考えないに限る。
そう気を取り直してお世話になった管理人さんにも挨拶を済ませ、一悶着はありながらも皆さんの力を借りて荷物移動は何とか無事終えることができた。
しかし…
最初に引越の条件として”既に処分した物もあるが了解する事”とあったため覚悟はしていたものの、私がヘソクリで買ったお気に入りの調理器具や、他、何点かを隠されていたことに気付いた時にはショックと怒りでしばらく気の晴れない日が続いてしまった。
そんなことがあったので、一年経った今でも
”あるはずなのに無い物”
に気持ちが向かないよう、鈍感力をフル回転させている。
執着しないってことを学ぶいい機会なのかもしれないけど、大切にしてきた物をこんな形で失うのはやっぱりとても悲しい。 残念。
そしてこれは物を失っただけじゃないんだよね…
ここまで来たらあとはもう4回目の調停で決着を目指すしかない。