私の引越も終え、それぞれに代理人もついていたこのころは、もう嫌味なメールが来ることも無く、表面上は穏やかな毎日を送る事ができていた。表面上は。。。
生活費温存のための節約生活に入って8ヶ月が過ぎ、今まで抱えることもなかったお金の心配、将来への不安、追い打ちをかけるようなコロナ、そして日々の相談をする相手のいない毎日、全てに疲れてきていた。
このころの私がよく思っていたこと…
「深く考えずに、思ったことをしゃべれる相手がいてくれたら…」
「どこという目的もなく、ちょっと出かけようかって気軽にふらっと車を走らせてくれる人がいてくれたら…」
そういう相手というのは、いくら気にかけてくれてても、子供ではない。友達でもない。
それはやはり長い時間を共にしてきた気心の知れたパートナーなんだと思う。
私はこんな状態にあるけど、決して独りじゃない事は知っている。
それ程どん底の不幸でないとも思っている。
それは私の努力ではなく、周りの人が支えてくれているから。
ありがたいと心から思っている。
なのに私は…
寂しいと思ってしまう。
できるなら、こんな問題が起きる前に戻れたなら…なんて思ってしまう。
もう全ては消えてしまったことなのに。
いえ、もしかすると最初から存在もしなかった事かもしれないのに。
私と夫は共通の趣味である「乗り物オタク」として知り合った仲だった。
夫は若い時からの、趣味が高じてその道の技術者になった人だった。
仕事に誇りを持って定年まで勤め上げた夫は、結婚生活前半では私の誇りでもあった。
私達が出会う30年も前、その業界でたくさんの犠牲者を出す痛ましい大事故があった。
TVでも色々な角度からその事故を取り上げてドキュメンタリーやドラマにして放映された。
ずっとそのオタク世界が好きだった私達は、その事故をとても他人事とは思えなかった。
まして夫はその安全を担う役目を負っていたので、人の命を預かる厳しさと向き合って40年以上仕事をしてきた。
ある時のドキュメンタリー番組で、ご主人がその事故に遭遇し、奥さんが何日かけても見つける事ができない中、ある日発見された腕だけを見て
「間違いなく主人です」
という、胸が詰まるような場面を私は見た。
そして私と出会うずっと以前の夫も、違う場所で同じ番組を見ていた。
夫は、50も過ぎたバツイチの難病を抱えた私を人生の伴侶に選んでくれた訳は、
「自分がもしもそのような事故に合ってしまった時、例え腕だけになったとしても、この人なら自分を見つけてもらえる…」
そう思ったのだそうだ。
これが私にとって、あの人からもらったプロポーズの言葉だったと今でも私は思っている。
いやいや、
どれだけその時思い合っていたとしても、結果がこの現状なのだから、私がグズグズ立ち止まっていたところでもう現実は現実。何も好転していくはずもない。
それが分かっていながら立ち止まってしまう自分がもどかしい。
ただ、20代、30代の若者ならともかく、人生の終盤にきてこんな思いをしている自分が情けなくてならないんだ。
私はいつから、何を見誤ったのか、見失ったのか、何がいけなかったのか…
それでも時は流れていく。
また4回目の調停もすぐに来てしまう。
「今はできるだけのことを後悔のないようにやっていくだけ」
揺らぐ気持ちも、そう思い直して暮らしていくしかなかった。