花束は、ずっと枯れない。 | まつPONの「hanaと共に生きる」

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中の人の職業観、人生観の変遷が垣間見れます。

この土日、九州本土最南端のK県へ、療養中の祖母を見舞いに行ってきました。


この県を訪れたのは数年ぶりであったが、前々回のエントリで書いた別のK県同様、

九州ならではの活気を感じた。

街がハード面で(新幹線等)進化し、そこに住む人が発する「ソフト」も洗練されつつある。


その一端がこちら。



まつPONの花*プロパガンダ!-花束はずっと枯れない。

「KG島中央駅」という、新幹線のターミナル駅の駅ビル

その姿を正面から見た者が、いやでも必ず目にするサイズのサイン。


「花束は、ずっと枯れない。」の白抜きのキャッチが目に飛び込んでくる。

まつPONの花*プロパガンダ!-ずっと枯れない。


わかりにくいが、ショーウィンドー境のペナントにも同様のメッセージ。



まつPONの花*プロパガンダ!-枯れない。


とにかく、全てのサインに、同様のメッセージが貼られていた。

このインパクトたるや、かなりの衝撃とともに、ある種の心地よさを通行人に訴えかけるのではないか。


まつPONの花*プロパガンダ!-枯れない。

何やらポーズを決めているのは、マツヤマさんの高校の先輩です。笑



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狭義で考察すると、まずこのキャッチコピーのポイントは「ずっと枯れない。」にあると思う。

「衰退」「敗退」「先細り」と言ったワードが席巻しつつある今、「枯れない」しかも「ずっと」というメッセージが、

あまりにもストレートに打ち出されている。


ここに来れば、ずっと枯れない。

その暴力的なまでのストレートさに、美意識と温かさをもって、(中和ではなく)相乗効果を与えているのが「花束」だ。


「花」ではなく「花束」。

「花」だとどうしても若年層へのアピールが低くなるところ、特にこの時期に「花束」とすることで、

親近感が生まれることを想定しているのではないか。

かつ、「花」にもともと親近感が日本一な地の「親」「祖父母」世代への受けが悪くないことも見越している。


「花束は、じきに枯れるけれども、今までもらった花束は思い出せるでしょう?」

そんな消費者教育も生きているのかも。


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広義で考察すると、このPR(ゲリラ的とも取れる)が成り立つのは、地方都市ならではではないか。


恐らく、例えば東京大丸、渋谷109、新宿ルミネ、池袋西武、立川高島屋、などではこのようなわかりにくい、

そしてなお且つ、総花的(全世代に向いている)なPRは選択されまい。

即ち「個人」100人の中に1人、買ってくれれば成り立つ場所でのキャッチではない。


言い換えれば、「何らかの繋がりのある50万人」の話題になる、何らかの良いイメージが記憶に残る、

そんなTVCM的な目的を、商業施設という「一媒体」が安上がりな方法で実現していると言えよう。



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そんな事象を、衝撃を持って見かけた中で、「花(束)」が活躍していたことは、嬉しかったです。

地元の花束需要に貢献したかどうかはわかりませんが、多分、貢献しちょっが。(してるだろう。)