買収攻勢で負債12兆円 中国・海航集団が資産売却 | 人生の水先案内人

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海外買収を積極的に進めてきた中国民営の複合企業、海航集団(HNAグループ)が資産売却に動き出した。

 

12兆円を超える巨額の負債を返すためだ。

 

金融機関が注ぐ視線は厳しさを増し、米格付け大手S&Pグローバル・レーティングは11月下旬、もともと投資不適格級の格付けをさらに1段階引き下げた。中国の有力政治家との関係が噂される海航だが、経営の先行きは視界不良だ。

 

 「9%近い利率は資金繰りの厳しさを浮き彫りにした」。

 

外資系金融機関幹部はこう指摘する。海航が11月に発行した期間1年、3億ドル(約340億円)の社債の利率は8.875%。

 

中国企業が2017年前半に発行した同期間の社債の平均利率が5.5%だったのと比べ、差は歴然だ。

 厳しい資金調達は、最近2年間で400億ドル以上をつぎ込んだ出資・買収で膨らんだ負債を返すためだ。

 

海外での買収先資産の大半を担保に差し出しているとされる。

 

 6月末の負債総額は5年前の5倍近い7179億元(約12兆2千億円)。

 

欧米メディアによると年末までに償還となる社債は約6億ドル、18年の償還は約22億ドル。

 

純利益は売上高の1%に満たない。12月に入り、航空機のリース料金の支払いが遅れたとの報道も流れた。

 

 香港の旧啓徳空港跡地の再開発事業。香港政府が1年前に実施したマンション用地売却入札は海航が大半を272億香港ドル(約3900億円)で競り落としたが、周辺価格の2倍以上。

 

「どう採算を合わせるのか」と関係者は首をかしげる。

 

 夏以降、米銀大手バンク・オブ・アメリカが海航との取引を控える内部文書を作成したことが表面化。米ゴールドマン・サックスは海航のグループ会社の上場計画への助言をとりやめた。

 

 譚向東最高経営責任者(CEO)は11月、中国メディア・財経のイベントで「以前は許された投資分野が許されなくなれば撤退する」と断言。スペインのホテル運営会社の保有株式の一部など資産売却にカジを切る。

 

海航集団を巡る主な最近の経緯
2016年
10月
米ホテルチェーンのヒルトン・ワールドワイド・ホールディングスの株式25%を65億ドルで取得
17年
2月
ドイツ銀行に3%出資、5月に9.9%の筆頭株主に
3月 スイス資源商社グレンコアから物流事業を7億7500万ドルで買収
米ニューヨークのオフィスビルを22億ドルで買収
6月 中国当局が海航集団など海外買収を積極展開してきた企業の監督を強化
7月 海航集団が株主構成を公開
8月 スイス免税店運営大手デュフリーへの出資を20.9%に引き上げて筆頭株主に
10月 海航集団と密接な関係があるとされる王岐山氏が党最高指導部から退任
11月 資産売却の方針を示す

出所:海航集団の発表や報道などから作成

 

 拡大路線からの転換の背景に何があるのか。中国当局は今年前半から、海航を含めて借金に依存して海外買収を繰り返す大企業の締め付けを強めた。金融の安定を揺るがしかねない高リスクの投融資を抑える狙いだ。

 

 香港紙・蘋果日報は、香港金融管理局(中央銀行に相当)がこのほど海航に融資した銀行に関連資料の提出を求めたと報じた。

 

「中国政府の海航への監視強化が香港にも波及した」との見方が広がり、複数の銀行が土地購入資金に絡む短期融資の借り換えを拒んだ。

 

 国際決済銀行(BIS)によると、中国の企業(金融機関を除く)の債務残高は17年6月末時点で128兆元と10年前の5倍に膨張した。国内総生産(GDP)比も163.4%と、バブル期の日本(140%前後)を上回る。

 

当局の引き締めで海航などの経営が行き詰まれば、金融システムにも影響がおよぶ。

 

 中国政治の風向きの変化も無視できない。海航を大企業に育てた陳峰董事局主席と親しく、後ろ盾とされる王岐山・前中央規律検査委員会書記は10月の共産党大会を機に最高指導部から退いた。

 

 米国に亡命申請した中国人実業家の郭文貴氏は王氏一族が海航の大株主などとする癒着疑惑を告発してきた。だが中国の官製メディアは習近平(シー・ジンピン)国家主席の盟友である王氏を守った。

 

海航は7月、株主について米中の慈善団体が過半数を占め、王氏一族の株式保有はないと訴えたが、慈善団体の運営実態はいまも不明だ。

 一部の香港紙は王氏が今後、次期国家副主席に就くと報じる。海航の行方は、中国の権力構造の変化を敏感に映し出す可能性をはらんでいる。

(北京=多部田俊輔、香港=粟井康夫)

 

 海航集団(HNAグループ) 1989年に中国南部の海南省から海南省航空公司としての設立認可を取得し、政府の資金不足などから民間からの資金を募って92年に民営企業に転換した。93年に初めて航空路線を運航し、16年末で国内外1千路線以上を運航する。ホテルや不動産、物流、金融など経営を多角化してきた。