36歳で億万長者の石油王、債券トレーディングでの挫折が転機 | 人生の水先案内人

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11月19日(ブルームバーグ):

ブライアン・シェフィールド氏は1997年に米テキサス州

ミッドランドを後にした時、故郷に戻るつもりはなかった。

父親と祖父はこの砂埃(ほこり)が舞う平野で油井を掘削して富を築き、

浮き沈みの激しい石油業界の荒波を生き抜いた。

一方、シェフィールド氏は、金融業界でキャリアを積むことを目指していた。

経営学の学士号を取得後、シカゴに移り先物取引に携わった。

20代後半までイベリア半島(英領)ジブラルタルにあるオフィスで

ドイツ債券を取引し、スペインの海辺の町コスタデルソルに住んでいた。

「石油業界の人間になるなどと夢にも思わなかった。

磁石に引き付けられるように戻ってきた」。

ミッドランドの西方数マイルの場所に設置された

ポンプの近くに駐車した自家用車、

米ゼネラル・モーターズ(GM)製の黒いスポーツ型多目的車(SUV)

「GMCデナリ」の運転席に座り、シェフィールド氏はそう振り返る。

このポンプは、同氏の祖父が約30年前に掘削した油井から

日量2-3バレルの原油をくみ上げている。

シェフィールド氏が石油業界に引き付けられた理由の一つは、

金利スワップとソブリン債のトレーディングに見切り

を付けざるを得なかったからだ。

ブルームバーグ・マーケッツ誌12月号が報じている。

同氏によると、トレーディング部門で勤務していた

当時の年収は10万ドル(現在の為替レートで約1160万円)を

超えることはなかった。

「私はぱっとしないトレーダーだった。

友人が数百ドルのワインを注文しているのを横目に

私はビールを飲んでいた」

シェフィールド氏(36)は今では高い飲み物を注文できる。

テキサス州に戻ってから7年の間に、

急成長を遂げる石油・ガス会社を築き上げた。

ミッドランド周辺に650本の油井と将来掘削予定の約4000カ所を擁する。

シェフィールド氏と同氏が率いるパースリー・エナジー は

最新の水平掘削と水圧破砕の技術を駆使し、

これまで多くの石油業界の関係者たちが音を上げてきた

広大な石油鉱床を開発している。 
 
不経済な油田
シェフィールド氏の成功は、国産原油供給の増加と

輸入削減につながった

米国のシェールブームを形作る多くの物語の一つに

数えることができるかもしれない。

シェフィールド氏は瞬く間に成功を手に入れた。

パースリー・エナジーの株式を公開した5月に、

同社の創業者、最高経営責任者(CEO)、

そして筆頭株主 として億万長者の仲間入りを果たした。

原油相場とシェール掘削会社の株価の最近の下落により

資産評価額は10億ドルを下回ったものの、

少なくとも現時点では石油業界で最年少の億万長者だ。





  
ブルームバーグ・ビリオネア指数によれば、

40歳未満で億万長者と見なされた人は世界中でこれまでに

20人余り。その中で、シェフィールド氏はテクノロジー業界以外で

富を自分自身の手で築き上げたただ一人の人物だ。

原油はミッドランドの近くで1943年に発見 された。

地下約2100メートルに原油が眠る鉱床は

「スプラベリー・トレンド」と呼ばれ、

広大なパーミアン盆地 の一部を成す。

米エネルギー情報局(EIA)によれば、

確認埋蔵量でスプラベリーを上回るのは

アラスカ州のプルドー湾油田だけだ。

しかし、この場所での原油の採掘は困難だった。

原油発見から10年後の53年に、米誌タイムはスプラベリーを

世界最大の不経済な油田と報じた。

そんな期待外れの油田でも一部の掘削業者は

数十年の間に成功を収めた。

シェフィールド氏の祖先はその中でも注目に値する。

60年代後半、ジョー・パースリー氏と友人の

ハワード・パーカー氏は後にパーカー・アンド・パースリー・ペトロリアム

となる企業を創業。

両氏はスプラベリーで利益を上げ、その後、

パースリー氏の義理の息子でブライアン氏の父親である

スコット・シェフィールド氏が事業に加わった。
 
ブライアン・シェフィールド氏は2007年に、

祖父が何年も前に掘削した油井109本の管理を手掛け、

事業に参加し始めた。

しかし、料金を徴収し保守点検要員を監督するだけの

業務にはほとんど魅力を感じなかった。

業界について徹底的に学ぶ時期だと決心した。 

あるのは熱意だけ

09年にシェフィールド氏は自身の掘削プロジェクトのための資金調達を開始。

カーティス・ケイエム氏から50万ドルを借り入れた。

ケイエム氏の父親はパーカー・アンド・パースリーにパイプを供給していた。

返済期間は5年。

融資継続の条件としてケイエム氏は、

計画はあるが資産はない企業の株式の10%を取得した。

あったのは「熱意だけだった」とシェフィールド氏は話す。

金融危機と世界的リセッション (景気後退)で

原油価格が5年ぶりの安値に下落する中、

シェフィールド氏はケイエム氏から借りた資金で

失効したリース権の購入を開始した。

さらに、既にリースされている上部の地層の下を掘削できる

権利を取得する先見の明も発揮した。

当時、水平掘削と油井を刺激する技術の採用が本格化し始めたところで、

水圧破砕によるシェール革命は産声を上げたばかりだった。

シェフィールド氏は、予測可能な利益に重点を置くという

祖父の助言に従いながら老朽化した油田からなるべく

多くの原油を絞り取ることを目指した。

同氏はすぐに新たな掘削技術がさらなる大きな

利益につながる可能性に気付いた。

原題:Youngest Oil Tycoon Finds Fortune in Texas After Washout Trading(抜粋)

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Gail Roche groche@bloomberg.net 角田正美

更新日時: 2014/11/19 07:31 JST