2012.8.4 05:00
□第2章 中世 西洋と東洋の分かれ目(11)
■「ヴェニスの商人の資本論」再考
映画俳優のアル・パチーノはシェークスピア好きで有名である。
1996年には「リチャード三世」を舞台化するまでを描いたドキュメンタリー映画「リチャードを探して」を製作。
2004年には「ヴェニスの商人」を映画化したが、好きとビジネスは別物なのだろうか、興行的には大赤字だった。
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一方、日本には岩井克人の「ヴェニスの商人の資本論」がある。映画は、こちらの本を理解するための元ネタを見る格好の機会を与えてくれている。
「ヴェニスの商人」を知らないで同書を読んだところで、面白さは半減するだろう。
16世紀の終わりに書かれたこの戯曲を読むと、当時のヴェニス(ヴェネツィア)の商人の様子がよくわかる。
ただし時代はすでに大航海時代に入っている。
ヴェニスの商人、アントーニオは、貿易都市ヴェニスにおける遠隔地商人だが、事業リスクを減らすために交易相手の仕向け地をトリポリ、西インド、メキシコ、イギリスへと分散している。
中国とペルシャからの絹やインドとスマトラからのコショウを輸出、西インド諸島からは砂糖とタバコとコーヒー、メキシコからは銀、イギリスからは毛織物を輸入していただろう。
フランシス・ドレークの世界周航が1577年、イギリス東インド会社設立は1601年のことだった。
アントーニオの交易品の絹、コショウはいまだ喜望峰を回る航路が地中海ルートを淘汰(とうた)していないことを示唆しているし、嗜好(しこう)品は中国、インドの紅茶ではなく西インド諸島のコーヒーが扱われている。
コーヒーはもともとイエメンからの輸入であったが、すでに植民地栽培が開始されているのである。
繁栄の中心は、地中海から北ヨーロッパへ移動しつつあった。ヴェニスでは土地所有を認められずゲットーに押し込まれていたシャイロックたちユダヤ人も、商機と自由を求めてオランダやロンドンへの移住を考えたのかもしれない。
「ヴェニスの商人の資本論」では「ヴェニスの商人」を題材に、中世の終わりのヴェニスにおけるキリスト教の徴利禁止問題を取り上げ、異民族ゆえに金貸しを生業とし当然のように利子を徴収するユダヤ人のシャイロックと、劇中の勝利者のように見えて、実はアリストテレス由来の狭いポリス的共同体の経済的関係に埋没し、資本主義という来るべき時代に取り残されていくアントーニオを対比させて描いている。
ヴェニスの商人の凋落(ちょうらく)の始まりの物語でもある。
「資本主義-それは、資本の無限の増殖をその目的とし、利潤のたえざる獲得を追求していく経済機構の別名である。
利潤は差異から生まれる。利潤とは、ふたつの価値体系のあいだにある差異を資本が媒介することによって生み出されるものである」
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利潤が差異から生まれるものであれば、利潤を追求する者たちによって差異は埋められていく。
距離が差異を生じさせているのであれば、交通機関の発達が差異を狭めるだろう。
製造技術が革新的企業の生産物の現在と将来価値の差異を生んでいるのであれば、模倣が差異を狭めるだろう。
新技術の開発には科学的合理主義が欠かせない。資本主義においては、常に利潤の源泉である差異を創造していく必要があるのだ。
閉鎖的な価値体系は、異質性が差異を生んでいる以上、いずれ資本の媒介によってその差異性を失う。
これは正にグローバル化にほかならない。
「ヴェニスの商人の資本論」は1992年の著作であるが、アル・パチーノとともに振り返ってみるのも悪くない。
株式投資の利潤は、当該企業の現在の価値と将来の価値との差異に投資することによって得られるのである。
ポリス的共同体に埋没し、グローバル化についていけないヴェニスの商人は、たこつぼ化したわれわれ日本人のメタファーである。
時代は中世を脱し、金融史は英語の世界に入っていく。
(第2章終わり)