【投資家のための金融史 板谷敏彦】第1章 金融の始まり(10) | 人生の水先案内人

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2012.7.18 05:00

 ■商いの術 アリストテレスは否定的

 アリストテレスの「政治学」では財獲得術を家政術と商いの術の2つに分け、生活に必要以上の富を求める後者には否定的だった。


働かずに貨幣そのものから収益を得るような利子所得や、「公正価格」との価格差を利用した取引に対しても、「自然に反するもの」として否定的だった。

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 アリストテレスのこうした考え方は後の11世紀以降のヨーロッパ、スコラ学に結びつき、キリスト教会による利子徴収の禁止(徴利禁止問題)へとつながっていくのである。


当時の金銭の貸し借りは個人間で、しかも小さなコミュニティーの中だったと考えるならば、利子を徴収することへの嫌悪感は理解しやすい。

 ア

リストテレスが政治学で言いたかったことはこうだ。


哲学者タレスが人々から「彼は貧乏なのだから哲学(学問)などは何の役にも立たない」と非難されたとき、彼はふだんから学んでいた天文学の知識を使って翌年のオリーブの豊作を予測した。


そして、冬の間にわずかの手付金を支払ってその地域(ミトレスとキオス)にあるオリーブ搾油機を「借り占めて」おいた。


果たして予想は当たりオリーブは豊作となり、彼は大儲けをするのだが、アリストテレスは「お金持ちになれてよかったね」といいたいわけではない。


「もし望みさえすればタレスは大金持ちにもなれるが、哲学者の関心はそこにはないのだ」といいたいのであった。

 

この財獲得術のポイントは、手付金(オプション)で儲けたことではなく、「借り占め」にある。


もちろんわずかの資金で借り占めを実現したのは手付金のおかげなのだが、タレスは借り占めたことによって、オリーブ搾油機の使用料を彼の望むようにコントロールできたのだ。


現代風にいえば高収益ビジネスの秘訣(ひけつ)といったところである。

 

アリストテレスがいいたかったことは、「もしだれでも『専売』を自分のために工夫できるのであれば」、つまり「独占供給状態を作り出せるのであれば」、大儲けができるだろうという点だった。

 

現代のわれわれから見て違和感を覚えるのは、アリストテレスは、金が金を産む利子所得や、商人のマージンに対して否定的であるにもかかわらず、独占状態に関しても、また手付金を支払うようなビジネスに対しても、肯定的である点だろう。

彼は、国家は歳入の補強のためにこうした専売ビジネスを有する必要がある、とまで述べている。

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 フィナンシャル・タイムズの記者であり作家でもあるジュリアン・テッドは、JPモルガンのデリバティブ・チームを描いた「愚者の黄金」の中で、こう書いている。

 

「原始的な先物やオプション契約の例は、紀元前1750年のメソポタミアの粘土板にも見いだせる」

 

これはつまり、手付金を支払うような契約は大抵の場合、原始的なオプション契約とみなせるということである。


逆にいえば、現代のさまざまな契約も、多くは手付金的なものが存在するわけで、そのオプション性に注目して手付金が高いのか安いのかなど「リアル・オプション」としての分析も可能なのである。


 搾油機の持ち主から見れば、タレスとの取引はカバード・コール(現物資産を保有したままコールオプションを売る戦略)であり、タレスにコール・オプションを売ったことになる。


もし搾油機を持っていないにもかかわらず使用する権利であるコール・オプションをタレスに売ったのであれば、ネイキッド・コールである。

 

タレスの独占によって町中どこにも搾油機がないなか、あなたは「搾油機を買うか」「借りるか」を選ばなければならないことになる。


一般にオプションの売りは個人投資家には向かない。