カシオ計算機の初代開発者、樫尾俊雄氏死去 技術者の生涯貫く
2012.5.24 21:20
今月15日に死去したカシオ計算機名誉会長の樫尾俊雄氏は、カシオ計算機の製品開発を長年にわたり指揮した。
世界初の個人向け電卓「カシオミニ」などの大ヒット商品を手がけ、同社が世界的な精密機器メーカーに成長する礎を築いた。
俊雄氏は創業メンバー「樫尾4兄弟」の次男で、逓信省(現在の総務省)時代は、発明家の夢を叶えたいとモールス信号の高速化装置を発案した。
その後、兄で長男の忠雄氏が開いた町工場で、俊雄氏の発明をもとに開発したのが、昭和32年発売の世界初の小型電気式計算機「14-A」。
7年余りの開発を通して、弟で四男の幸雄氏(現副社長)が俊雄氏のアイデアを図面化し、忠雄氏と三男の和雄氏(現社長)が商品化。
「兄弟分業体制」を形作った。
以来、昭和63年の会長就任まで開発担当のトップであり続けた。
寡黙かつ理論家で、「紙とペンさえあればものを考えられる」(本人)という根っからの技術者。
開発の一線を退いても会長室に機材をそろえ、日々研究に没頭した。
「『必要は発明の母』は昔の警句で『発明は必要の母』であるべきだ。
ユーザーがまだ必要性を感じていないものを示して、必要だと感じさせるような発明をしなければならない」
危機的状況にある現在の日本のものづくりにとって、俊雄氏が残した言葉の意味はきわめて重い。(日野稚子)
