これから-大震災を生きる第6部・ちから(4)つくる<下>/発案者定住し見守る | 人生の水先案内人

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第6部・ちから(4)つくる<下>

/発案者定住し見守る/縁を紡ぐ刺し子の糸

作り手の女性たちと吉野さん(中央)らスタッフが集まり、新製品のTシャツの縫製手順などを検討した=2011年12月10日、岩手県大槌町の仮設住宅集会所

 かわいらしい町の鳥カモメの刺しゅうと、町名を表す黄金色の木槌(きづち)のタグ。
 

「大槌復興刺し子プロジェクト」は、

震災で仕事を失った岩手県大槌町の女性たちを支援しようと

昨年6月に始まった。


販売する布巾とコースターは、デザインも評判で予約待ちの状態が続く。
 

「AKB48のロゴを作ったデザイナーが考案したんですよ」。


当初からプロジェクトの運営に携わる吉野和也さん(31)が説明する。
 

今月中旬に刺し子のTシャツを本格販売する。


デザインにはカモメのほか、町のシンボルのツツジとサケが加わった。

<心のケアも>
 昨年12月、Tシャツの製作検討会が大槌町の仮設住宅の集会所であり、

作り手の中心メンバーの女性6人と、吉野さんらスタッフ3人が顔をそろえた。
 

「針目は5ミリぐらいが奇麗になるね」「伸縮するから、ゆったりめに縫った方がいいわね」。


縫製の手順や注意点をみんなで決めていく。


昼すぎに始まった話し合いは、辺りが真っ暗になるまで続いた。

刺し子は、被災者の生活支援にとどまらず、


作り手の心のケアにもつながっている。
 

町内の仮設住宅で暮らす佐藤道代さん(57)は、


震災で役場職員だった長女(26)を失い、


悲しみや不安で眠れない日々が続いた。


そんな時に出合ったのが刺し子だった。
 

「友達とおしゃべりをしながらの針仕事は、いい気分転換になった。


心も落ち着き眠れるようになった」。


今は就寝前の裁縫が日課になったという。
 

週1回ほど仮設住宅の集会所で開く「刺し子会」もケアの一環だ。


毎回、40人前後の女性たちが集まり、世間話に花を咲かせる。


会を心待ちにする女性も多く、仲間との交流の場として定着した。

<ブランドに>
150人の作り手をサポートする吉野さんは、震災まで岩手と縁もゆかりもなかった。


昨年4月、岩手にボランティアに駆け付け、その1週間後には移住を決め、


東京のIT企業を退社した。
 

「週末に被災地に駆け付けるだけで、何とかなるとは思えなかった。


困っている時にすぐに手を差し伸べられる所にいたかった」


と移住の理由を語った。
 

プロジェクトは、吉野さんはじめ、


首都圏からボランティアに駆け付けた20~30代の5人の発案だった。
 

全てを失った被災地で、針と糸さえあればできる刺し子で再生の一歩を―。


吉野さんは作り手の女性たちのサポート役に徹し、デザインや販売方法、


材料の調達など事務部門は、首都圏在住の4人が担当した。
 

プロジェクトが軌道に乗った8月、運営は京都のNPO「テラ・ルネッサンス」


に引き継がれた。


吉野さんも、このNPOの職員になり、遠野市の事務所で暮らす。
 

Tシャツのほか、今後は海外向けの刺し子の掛け軸の販売も計画する。


将来的には運営を地元の人たちに引き継ぎ、


大槌の刺し子がブランドとして定着することを願う。
 

地域の人たちとすっかり親しくなった吉野さん。


「いつ(東京に)帰るの」とよく尋ねられる。
 

「NPOは支援期間を10年とみている。


でも僕は、ずっと岩手にいるつもり。


どんな時でもすぐに力になれる存在でありたいから」


2012年01月05日木曜日