第6部・ちから(4)つくる<下>
/発案者定住し見守る/縁を紡ぐ刺し子の糸
|
かわいらしい町の鳥カモメの刺しゅうと、町名を表す黄金色の木槌(きづち)のタグ。
「大槌復興刺し子プロジェクト」は、
震災で仕事を失った岩手県大槌町の女性たちを支援しようと
昨年6月に始まった。
販売する布巾とコースターは、デザインも評判で予約待ちの状態が続く。
「AKB48のロゴを作ったデザイナーが考案したんですよ」。
当初からプロジェクトの運営に携わる吉野和也さん(31)が説明する。
今月中旬に刺し子のTシャツを本格販売する。
デザインにはカモメのほか、町のシンボルのツツジとサケが加わった。
<心のケアも>
昨年12月、Tシャツの製作検討会が大槌町の仮設住宅の集会所であり、
作り手の中心メンバーの女性6人と、吉野さんらスタッフ3人が顔をそろえた。
「針目は5ミリぐらいが奇麗になるね」「伸縮するから、ゆったりめに縫った方がいいわね」。
縫製の手順や注意点をみんなで決めていく。
昼すぎに始まった話し合いは、辺りが真っ暗になるまで続いた。
刺し子は、被災者の生活支援にとどまらず、
作り手の心のケアにもつながっている。
町内の仮設住宅で暮らす佐藤道代さん(57)は、
震災で役場職員だった長女(26)を失い、
悲しみや不安で眠れない日々が続いた。
そんな時に出合ったのが刺し子だった。
「友達とおしゃべりをしながらの針仕事は、いい気分転換になった。
心も落ち着き眠れるようになった」。
今は就寝前の裁縫が日課になったという。
週1回ほど仮設住宅の集会所で開く「刺し子会」もケアの一環だ。
毎回、40人前後の女性たちが集まり、世間話に花を咲かせる。
会を心待ちにする女性も多く、仲間との交流の場として定着した。
<ブランドに>
150人の作り手をサポートする吉野さんは、震災まで岩手と縁もゆかりもなかった。
昨年4月、岩手にボランティアに駆け付け、その1週間後には移住を決め、
東京のIT企業を退社した。
「週末に被災地に駆け付けるだけで、何とかなるとは思えなかった。
困っている時にすぐに手を差し伸べられる所にいたかった」
と移住の理由を語った。
プロジェクトは、吉野さんはじめ、
首都圏からボランティアに駆け付けた20~30代の5人の発案だった。
全てを失った被災地で、針と糸さえあればできる刺し子で再生の一歩を―。
吉野さんは作り手の女性たちのサポート役に徹し、デザインや販売方法、
材料の調達など事務部門は、首都圏在住の4人が担当した。
プロジェクトが軌道に乗った8月、運営は京都のNPO「テラ・ルネッサンス」
に引き継がれた。
吉野さんも、このNPOの職員になり、遠野市の事務所で暮らす。
Tシャツのほか、今後は海外向けの刺し子の掛け軸の販売も計画する。
将来的には運営を地元の人たちに引き継ぎ、
大槌の刺し子がブランドとして定着することを願う。
地域の人たちとすっかり親しくなった吉野さん。
「いつ(東京に)帰るの」とよく尋ねられる。
「NPOは支援期間を10年とみている。
でも僕は、ずっと岩手にいるつもり。
どんな時でもすぐに力になれる存在でありたいから」

