74歳女性 「恩返し」と5000人に
松山市内を一望でき、遠くは瀬戸内海まで見渡せる丘陵の中腹にある四国霊場五十番札所・繁多(はんた)寺。
この境内の一角に、不定期だが午前中に現れ、パンの接待を続けている女性がいる。
この境内の一角に、不定期だが午前中に現れ、パンの接待を続けている女性がいる。
札幌市から二〇〇一年、寺の近くの松山市畑寺四に引っ越してきた七十四歳の女性だ。
歩きや高齢の遍路がいると、走り寄っては声を掛け、パンを手渡す。
道中の安全を祈り、一枚一枚手書きした「お気をつけて…」の一筆メモも添えて。
その後は「どちらから、お越しですか」に始まり、話に花が咲くこともしばしば。
五年間続けている接待は昨年秋、五千人を超えた。
参拝者に求められて写真に一緒に納まり「後で送るので名前と住所を」と請われるが、匿名を貫く。
参拝者に求められて写真に一緒に納まり「後で送るので名前と住所を」と請われるが、匿名を貫く。
「接待することで私がおかげをいただいている。大げさにしたくない」との姿勢を崩さない。
接待しているのは「自分が四国八十八カ所を回ったときの恩返し」。
接待しているのは「自分が四国八十八カ所を回ったときの恩返し」。
これまでに数回、歩いて巡拝したが、思いがけない出会いに何度も支えられ、励まされた。
家の窓から「お遍路さん、頑張って」と大声を張り上げて手を振ってくれた女児。
花を買ったとき、代金を受け取らず、そのまま持たせてくれた人…。
「何げない一言に、どれほど励まされたことか」。
感謝の気持ちが繁多寺に足を運ばせている。
“黒子役”の女性とは対照的に威勢がいいのは、寺の入り口でアイスクリームを販売している露天商の村上七郎さん(63)。
“黒子役”の女性とは対照的に威勢がいいのは、寺の入り口でアイスクリームを販売している露天商の村上七郎さん(63)。
約十年前からいるため、顔なじみの遍路やバスガイドも多く、再会を互いに喜ぶことも少なくない。
歩き遍路に乳酸飲料やキャンデーをそっと手渡し、屈託のない笑顔で参拝者を見守っている。(愛媛新聞)
《メモ》
《メモ》
繁多寺は8世紀半ば、
孝謙天皇の勅願で行基が薬師如来を本尊に開基。
当時は光明寺と呼ばれていたが、
弘法大師が訪れたときに繁多寺に改められた。
時宗の開祖、一遍上人が若いころに修行した道場としても知られる。
【写真説明】
この後、ブラジルについての話で盛り上がった=松山市畑寺町
