「・・・彼女、結婚するんだよ」
彼女が電話で告げた、僕との突然の別れの真相を
彼女と同じスナックに勤める同僚の小姐から聞かされた。
「あなた、日本から彼女に電話したでしょう?」
「したよ」
「あのあと、大変だったんだよ。相手が怒って、彼女を何度も殴った」
僕は愕然とした。
あの電話は、僕と話したくても話せない、彼女が恐怖におびえる
対応だったのだ。
「あなたの買ってあげたケータイは、その場で相手に壊された」
「・・・・」
彼女の欲しがっていた、水色の日本製のケータイ。
王府井の市場で買ってあげたものだ。
まだ北京では珍しかった、最新のフリップタイプのものだった。
いつもそばに置いておけるものということで、
プレゼントしたのだ。
「相手は、日本人とつきあっている彼女が許せなかった。
あなたが日本にいる時は、問題は起こらなかったけど、
電話で話す時、言葉は日本語だから、相手は怒った」
僕は涙は流さなかった。
でも、僕の心は、彼女を殴った許婚への怒りと、
電話をしてしまった自分の後悔の気持ちが溢れていた。
あまりの悲しみに、震えがくるほどだった。
北京など都市部では、日本人への感情は安定している。
しかし、地方や農村では、依然として反日感情が強い。
吉林省に住んでいる彼女の両親は、北京で一人で勤める彼女に
日本人の僕という存在がいることを知らない。
彼女の親戚が、無理やり見合いをさせて、結婚を勧めたのだ。
中国の小姐は、20歳代後半で、結婚し家庭を持つのが理想だという。
両親や故郷を大切にする儒教の国、中国では、
家族の願いや要望を重んじる。
日本人の彼氏がいることなど、故郷では口に出せない。
なんと、僕が日本に帰っている数ヶ月のうちに、
彼女と許婚の二人は北京で同棲を始めていたのだ。
彼女の同僚の小姐は続けた。
「わたし、彼女と会ったよ。
彼女、殴られて顔が青アザだらけだった。かわいそう。
彼女は悲しんでいる。
あなたに、ごめんなさいって」
僕の頭の中に変化が起こって来た。
そう、これでいいんだ。
彼女は中国人、僕は日本人。
異文化同士、お互いが幸せになれる保証はないじゃないか。
僕には日本に彼女がいる。もとに戻っただけ。
そう、そうなんだ。
深呼吸し、自分なりにひとつの区切りをつけることを決心。
彼女の同僚、小李に御礼を言ってから、
茶店のお勘定をしようとしたときだった。
「ねー、また二人で会ってくれる?」
小李が、赤い二つのぽっぺをこっちに向けて笑っていた。
つづく









