2011年5月11日17時45分、俺のお父さんが死んだ。
2011年5月11日
徹夜きっついなぁ・・・
俺、中央大学2年の(私)は朝早く出かけるために徹夜をする癖がある。
徹夜しようと4時くらいまで踏ん張り、5時ごろ撃沈が王道パターン。
次に目を開けるのは大抵正午である。
そんな俺も何とか徹夜に成功し、7時には家を出た。
7時なんて大学生にとっちゃ早いのだ。
なんで7時に家を出たのかというとバイト先にスーツを取りに行くためだ。
とある事情により俺はバイトをやめた。
スーツとクツを置きっぱなしにしていたのである。
八王子に着き誰も居ない校舎からスーツを奪取に成功する。
そしてカギを所定の位置に戻し、大学を颯爽と目指すのだがそこは俺。
忘れ物をするのを忘れない。
お気づきだろうか。クツである。
大学の授業は退屈なので早送りで展開します。
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
今日の大学の授業も終わり、19頃帰宅。
留守番電話のアイコンが光っている。
ま、俺には関係ないっしょ。
は~やれやれ今日も平凡な一日でした。
DSの二ノ国完全制覇に向けて奮闘しますか。
1時間後。
飽きてきて小腹も空いたので階下へ降りた。
なんか今日は階段を下りると足がプルプルしますね。
台所にチワワな足で到着。
冷蔵庫の一番下の冷凍庫から大好きな冷凍から揚げを引き出す。
なになに。
レンジ(500W)5分。
ピッ。
俺はテレビをつけた。
5分もレンジの前に立ってられない。
はねとび残り10分。
ドランクなんたらの鈴木がAKBのあっちゃんからキモイ言われている。
ピッピッピ。
罰ゲームで禁断の過去を暴露しているらしい。
名前のわからん3人がどれだけ暴露をしその過激さを競っているようだ。
過激でない暴露をしたら番組への愛が足りないというレッテルを貼られるらしい。
どんまいW
ぴっぴっぴ。
何故か俺はレンジの温めが終わっても一回目の呼び出しでは絶対取りにいかない。
そのころには食べることにではない方に関心が向いているのが定石だ。
あっ。
今日の昼ごはんも330円チキンタツタバーガーポテトコーラの欧米。
からあげはじゃパーニーズだけど似たようなもんだね。
がちゃ。
「(私の名)。」
あ~~~?
お母さんが帰ってきたようだ。
「お父さんを守れなかった。」
俺は一生この言葉を忘れない。
「(私の名)。」
あ~~~~?
いつもの俺の返事である。
曇りガラスには2人の影。
ん?この影はおばあちゃんだ。
だらしない返事を聞かれてしまった。恥ずかし。
「お父さんを守れなかった。」
お母さんが左腕を抱く。
「?」
「お父さんはね。死んじゃったんだよ。」
「え?」
ぎゅっとおばあちゃんに両手を握られる。
とっても冷たい手。でも目はなにかで潤い熱い。
「それホントに言ってるの・・・?」
このあと何を言われたか何も覚えていない。
茫然自失とはこのことだろう。
何秒経っただろう。2秒?5秒?10秒?
とっても長かった。
意識が中を舞った。
「座りなさい。」
おばあちゃんの声で我に返ると座りこんだ。
どんな会話がなされただろう。
「いつ?」
「17時46分だって」
おれはその時学校の授業が暇でノートに歌詞を書いていたころだ。
「あのおおバカ。」
「・・・・」
「あたしより先にいくなんて」
「・・・・」
「ごめんね。お父さんを守れなかった。」
「・・・・」
「信じられないよ」
頭がグワングワン唸る。頭の中が白濁してきた。
「・・・もう会ってきたの?」
「仕事が終わってね。ケータイに留守電が入っててね。」
「あたしが直接電話をとったんだ。『○○○○病院です。(父の名)さんのお母さんでよろしいですか。
奥さんには繋がらなくて。』って言ったんだ。
(父の名)の病院からウチへ電話がかかってくることなんて無かったからまさかと思ったんだけど」
ちょ、ちょっと待って話を先に進めないで。ストップ。
お母さんが電話機の留守番電話のアイコンが光っているのを認めるとボタンを押した。
ピ。
「3件です。ツー。『もしもし!(父の名)が死んじゃっっ』」
ブツ。
「聞きたくない!」
「このメッセージを消去します。・・・消去されました。」
「トゥルルル」
「あっ。もしもし祐樹?今どこ?今日家まできてくれない?うん。・・うん。
ちょっとお父さんが大変なの。・・・うん。・・うん。」
兄ちゃんは新入社員の研修で忙しい毎日を送っている。明日も研修なのだろう。
電話越しから「なんで?」「何で?」ばかり聞こえてくる。
というのも、都心からくるのに気が動転するだろうからとの理由で本当のことを電話では言わなかったからだ。
時間も21:30ごろだったこともあり無理もない。
ピ。
「(兄の名)これから来るって。10時45分ごろには着くって。」
「あのおおバカ。」
「あたしより先にいくなんて」
「残された人間の気持ちを考えたことあるのか。」
「何もかもがわからなくなっちゃったんだね。」
何回おばあちゃんからこのセリフを聞いただろう。
俺はというとまだ夢見心地でいた。
ただ胃の中でなにかどろどろしたものがうごめき、舌が膨張しそのまま溶け出すような感覚に見舞われていた。
「・・・・」
だまっていても仕方ない。
そう思い3人分のお茶とお菓子を出す。
「気を使わないで。いい子だねぇ。」
違う!
その間にお母さんは、おじさん。おばさんのうちへ電話をかけていた。
人間はこういうとき気が張って頭の回転が速くなるのは本当なのだ。
「おばちゃん。いまから来るって。」
「いまから?車?」
「車は止められたから、電車だって。」
「そりゃそうだ。気が動転して危ないもの。」
ここから先の会話は初めて聞くものだった。
「現実じゃないみたいだ。」
「本当だね。」
「どうして・・・バカだねぇ。」
「お父さんね。死にたいって言ってたんだ。」
「・・・・・」
「・・・・・それっていつ」
「先月の30日。」
「・・・・」
30日といえば、お父さんが家へ停まりにきていた日の事だ。
俺はバイトで30日は朝から晩までバイトだった。
次の日31日も午後からバイトだった。
午前中にお父さんに会った。
俺が起きたのは11時。バイトは2時から。
「じゃ」
「こら。お父さんにあいさつっ」
「いってきまーす」
「・・うん」
つまり、最後の会話というやつだ。
ドラマなどではよく後悔のシーンで使われる。
これで後ろにカメラが回っていればどんなに良かったことか。
この時はもちろんこのときはこれが最後のあいさつになるとは思ってもいなかった。
顔すらまともに見ていない。
「死にたい・・・?」
「(私の名)には黙っていたんだけどね。」
「ここの所本当に調子悪くてね。ゴールデンウィーク中いろんなことあったし。」
「30日に帰宅したときにね。一日中言っていたのよ。」
「病室のカーテンがしまっていてね。相部屋の患者もみんな居なかったんだって。それで誰も気付かないで・・・」
「看護師さんが見つけて蘇生処置を施したらしいんだけど。」
死んだって自殺?薬か?
ただ俺はそこまでまだ聞けなかった。
ただ恐ろしかった。頭をキリキリ締め上げられるような感覚。
止まらない足の振るえ。
なにかの世界が崩壊した。
小説・ドラマの世界なんてしょせんフィクション。
作り物。他人事。
その作り物の世界が大地震で崩壊して、リアルの津波が押し寄せてきた。
「どうしてこんなことを・・・」
「そんなに悩むことない。大丈夫だからってあれほど言ったのに。」
「そんなこと考えてる余裕がなかったんだよ。」
「心配事が多すぎて自分が何をしていいのかわからなくなってしまったんだよね」
「そんなに悩むことなかったのに。」
「わからないよ。」
「わからないよ。病気だもん」
「頭ん中のなにかがおかしくなっちゃったんだよね。」
「検視に調べてもらいたいよ」
「・・・・」
俺は作り物の世界でいい。
これ以上話すな。
言葉にするたび波が俺の作りものの砂浜に押し寄せ、砂の城を削り取っていく。
やめろ。
「お兄ちゃん帰ってくるならこの荷物片付けないと。」
冷静にお母さんが言う。
冷静?
違う!
じっとしているのが怖いのだ。
じっとしているのどんどんリアルの水位があがってきてしまうのだ。
なんとかもがき、息をせねば死んでしまう。そんな感覚。
俺とお母さんは散らかった部屋を整理し始めた。
普段やりもしない食器洗いをした。
「いい子じゃないか。こんないい子をおいてあのバカ。」
違う!溺れたくないだけだ。やめろ。
10:30ごろになりお母さんが兄ちゃんを向かえに行く準備をし始めた。
「あの子には車で話すの?」
「いきなりここへ来ても付いてこれないだろうから。私が落ち着くまで車内で話ます。」
「そう・・・」
3人体制からの開放。
お母さんは兄ちゃんを向かえにでかけた。
残るは先立たれた母親と取り残された息子。
「これから大変だと思うけど、お母さんを支えていくんだよ。」
おばあちゃんも顔が近くに寄る。
「そうだね。」
「はぁ。全くあのバカ。」
「・・・・」
「何を考えていたのか」
「・・・・」
「まだ何にも話せてないのに。」
「そうだねぇ」
「せっかく20になって大人の会話もできるようになってきたのに。」
「うん・・」
「ありえないよ。」
「・・・・」
「お父さんと話したことなんほとんど無いよ。教えてもらいたいことたくさんあったのに。」
「そうだねぇ」
「なんかこうギクシャクしちゃうんだ。」
「おじいさんとお父さんもそうだったよ。男同士ってのは。」
「・・・・」
「これから子供作って見せてあげるのに。兄ちゃんが先かもしれないけど。」
「まだまだこれからなのにねぇ」
「○町のおじいちゃんみたいに膝の上に孫を乗っけてる満足そうな笑顔が見たかった。」
「うん・・・」
「早すぎるよ。まだ50だよ?」
「早すぎる。あたしより先にいくなんて・・・おおバカもんの親不孝だ。」
「少しでも打ち明けてくれたら何か変わったかも知れないのに。」
「どうだかねぇ。なんにもわかんなくなっちゃってたからねぇ。」
「でもせめて話はしたかった。まだ俺がどんな人間かもわからないだろうに。」
「そうだね。突発的にやったんだろうね。」
「・・・・」
「7日に会いに言ったときは元気だったんだよ。背筋もピンとしていたし。」
「その反動なのかな・・・」
「・・・・」
お母さんには見せられない感情だった。
俺が泣いたらさらに場が暗くなる。
だけど、おばあちゃんなら本音を言える。
二人で泣いた。
「・・・病室の状況はどうだったの?」
聞いてしまった。
もっとも聞きたくないけど、一番知りたいこと。
これを聞いたら現実の波が押し寄せてくる。やめろ。でも知りたい。
「ん?さっきも言ったけど、3時ごろにはタバコを吸ってたって。相部屋の患者さんたちが皆居なかったんだって。
それでカーテンもしまっていた。それでもってズボンのウエストの紐を使ってロッカーの取っ手に・・」
もう十分だった。
現実感がよりいっそう濃くなって頭のなかの砂の城に押し寄せる。
最後のタバコの味。
紐を結ぶ時の心境。
首に食い込む紐。
苦しみからの解放。
死ぬ間際に感じる苦痛に勝る、死後の快楽。
死ぬ間際の恐怖に勝る、現実の恐怖に怯えた。
その最後に何を感じた?
何を思った?
後悔?苦痛?解放?快感?
意識が無くなる最後の瞬間に何が見えた。
家族の顔?極楽浄土?
それとも新世界への逃げ道?
無?
何がそこまでお父さんを追い詰めた?
仕事?家族?日常の些細なこと?
俺?俺?俺?俺?
どうしてすぐに立ち上がらなかったの?お父さん?
意識が無くなるまで何秒あったの?お父さん?
苦しかったんじゃないの?お父さん?
足は付いていたんだしすぐにやめられたんじゃないの?お父さん?
やめてよ。なんでそんなことすんだよ?
現実ってそんなに怖いものなの?教えてよ?
それって死ぬことより怖いことなの?
残される者の気持ちが考えられなくなってしまうほどの苦痛だったの?
なんということだ・・・
お父さんの死に顔が目に浮かぶ。やめろ!
目は見開いていたのか?やめろ!
汚物が体から流れでたのか?ヤメロ!
兄ちゃんのお母さんが帰ってきた。
古い冷蔵庫を捨てるときにさえ泣いた兄ちゃんがいやに静かだ。
「信じられねぇよ・・・」
「・・・・」
「電話をもらったときにはもう気付いた?」
「うすうす・・声の感じが違ったから。」
「そっか。」
「はぁ。全くあのバカ。」
「・・・・」
「何を考えていたのか」
もちろん兄ちゃんはここまでなされた会話のことは知らない。
むしろ、この2ヶ月というより大学4年間の間でお父さんがどんな状況だったかなんてほとんど知らないだろう。
「お母さんがいないから言えるけど、俺が泣いてたらお母さんが耐え切れないよ。」
ああそうだろう。
俺はお母さんの前ではメソメソできないと心に誓った。
「なぁんでこんなことになっちゃったんだろう。バカだねぇ。」
「・・・・」
「家族のこともなにも考えられなくなっちゃたんだろうねぇ。」
「何度も『帰りたい。』『こんなところは嫌だ。』『帰らせてくれ』って言っていたんですよ。」
「いや。(母の名)さんは間違ってない。正しいよ。」
「5日の日に3階に移される時、すごい剣幕で嫌がったんですよ。」
うそだろ。あのお父さんが?
人のことを第一に考えて、強くものを言うことが無いお父さんが?
俺の心はスプーンでえぐられた。
「『いやだ行きたくない。』『こんなことを看護士には伝えないでくれ』って言っていたんですよ。
私間違っていたのかな。」
いや。間違ってない。俺だってその話は聞いている。
死なれては困るんだ。
生きるために束縛されてくれ。
俺は本気でそう思う。
なにも悪いことはしていないんだよ。お母さん。
あなたは正しい。
でも心が痛むでしょう。
後悔の沈殿物がどんどん心を酸欠状態にしていくのでしょう。
俺にはお母さんほど頼りにできる人はいないんです。
病気にはならないでください。
元気でいてください。
お願いします。
さすがに疲れてきた一同。
ありったけの布団を1階にもって行き、雑魚寝できるようにした。
一人じゃ誰もが現実を受け止められず不安だった。
だからこうして残された遺族は集まっているんだ。
涙するんだ。
悲しいんだ。
わからないんだ。
何を?
あなたの心をです。お父さん。
「今頃天国で楽になっているんだろうよ。」
「それがお父さんの最善の選択だったんだよ。」
「一人で楽になりやがって。残された人の心考えたことあんのか。」
「逃げ道をどんどん自らなくしていってたどり付いたのがこれか」
「眠っているときしか楽なときがないっていってましたね。」
「起きていれば何でも怖い。薬を使っても眠れない。」
「結局永遠に眠る方法を思いついた。」
「お父さん言ってたのよ。俺はもうだめだって。子供たちを頼んだぞって。
なにってのよバカっていってやりましたよ。」
「・・・・・」
「俺はもう口に出してしまった。もう戻れないって」
「・・・・・」
お父さんは機械ですか。コンピューターですか。
人間なんだから言ったことは忘れてしまってください。
さっぱり忘れてリセットしてください。
時間はたっぷりあるんですから。
やめてください。そんなこと。
お願いですから。
「結局お父さんに親孝行させてもらえないままいっちゃったな。」
「お兄ちゃん、初給料で父の日のプレゼントを用意しようと考えていたんですよ。」
「親孝行したいときには親はいないっていうか。」
「そうだね。」
「すごい親父だったよお父さんは。」
「この家にあるもんぜーんぶお父さんの物なんだよね。すげーよ。」
「俺、外では親の年収超えてやるなんて言ってるけど、この年でこれだけ貯めてるって本当に尊敬できるよ。」
「うん。」
「超えてやる超えてやるって考えていても、必ずどこかで突き放される。俺が保険の話したときも
『お前は保険屋だけど(兄の名)にはまだ負けない』って言ってた。ゼッテー抜けさてもらえなかった。」
「すごいよな。」
「子供の一人を就職まで育てて。もう一人を大学までやって。なにが不安だったんだろーね。
端からみたら幸せそうじゃないか。」
「お父さんね、それが夢だって言ってたもん。」
?初耳。
普段夢なんて語らない、初めてのお父さん夢。
それは「自分の家族を作ること。」
なんだこれ。うっわ陳腐。
あれ。なんだこのすごい暖かい気持ち。
なんで?なんで?
すごくありふれた夢。
すごくあふれた涙。
親の愛情をこれほどかみ締めたことは他にない。
そしてそれゆえの男の格闘も。
「お父さん、若いころ言ってたの。問題は嫁を見つけることだって。」
おばちゃんがAM1時30分ごろ到着。
「久しぶり。こんな形でだけど。お!かっこよくなったね。」
・・・もちろん俺にではなく兄ちゃんにだ。
大丈夫だ。問題ない。
話は振り出しに戻り、なぜこんなことにという話題になった。
さすがはお父さんの姉。
性格が正反対で言いたいことはビシバシ言う。
おばあちゃんお得意の「ばかだねぇ」に蹴り一発。
「(父の名)が選んだことなんだから責めちゃだめ。」
(私の苗字)家で全員どんよりムードで話題は病院の話へ。
「せっかくよりしっかりした管理の病棟に嫌々移ったのにこれじゃぁねぇ。」
「これは管理不行き届きだよ!私の病院でこんなこと起きたら大変だよ!」
「3時から5時までに2時間の空白を作るなんてどうかしてる。」
「本当に看護士は知識持ってんの?」
「もしわかっていなくて対応していたのなら医療ミスだよ。」
実に心強い。
「病院に電話して聞いてみたけど、『担当医じゃないのでわかりません?』じゃいいです。」
「(母の名)には悪いけどね。私は悲しいというより怒りを感じているよ。」
「このままだと裁判を起こしかねないね。」
多分生まれる時代が違ったら女武将として歴史上の有名人の一員だっただろうな。
皆に少し元気が出てくる。
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手記はここで終わりです。
この手記のあとの出来事は定型でありました。
次のA.M11:30ごろ死体が届き。
その面を拝み、少しおいて火葬場に送る。それだけです。
なんの感情も付きまといません。最後の別れの時でさえ、骨になったその時さえ。
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