本日2記事目
















今朝、ツキイチメンバーさんとの話から

好みの話になり盛り上がりました。


例えば、

わたしが娘のお友達に対して、苦手だなと思う場合はどうするか?


ここで働くのが


(苦手なのに苦手だと思ってはいけない、

娘の友達だから自分も好きにならなきゃいけない)


こうなると苦しいですよね。



これは「好み」だから本来自由なのですが、

この命とも言える感情の大切の仕方、が

慣れてないと、


聞かれてもないのに、嫌い!と言ったり、

自分が嫌い、苦手だからと

他者に割りこみ、自分の好みを押付けたり

友達を離そうとしたり、

あの子は悪い人間、と評価して悪口を言ったりする。

(全部私です)




昔、わたしは全く自分の好みを伝えてなくて

外国人ユーたちに、失礼とも取れる伝え方をしていました。


自分の好みや気持ちには蓋をしていたから、

評価言葉がスラスラでてしまう。


あの人はダメな人だから

あの人は間違ってるから

となっていたし、


相手を褒めてる、好意を伝えるつもりで

日本人なら高評価な意味の言葉を使っていました。

(相手は、鼻が高いも足が長いも褒めに値しなくて衝撃でした)


私は長年、自分基準の評価を相手に伝え、

自分の好みや気持ちは伝えないコミュニケーションをとっていたんです。



私の好みをポジティブに伝えると、


あなたの目が好き。

あなたの造形が美しいと思っている。

(私の娘もの伝え方をしてくれる)


になるし、



ネガティブな気持ちや好みを伝える時。(今もできない。


(あなたの存在は完璧だし美しいし、愛情を感じる、けどこのランチは)

「わたしは、苦手だから遠慮します。」

「わたしには、しょっぱい、重たい、油っこいから、

違うものにしませんか?」


この表現が基本形。



人でも物でも存在は⭕️、

造形や外見や思想や価値観は好みがある。


自分の好みは伝える。大事にする。

と同時に、


相手の存在や人格を肯定している意識。


未熟だからこそ、意識して大事にしたいなと思っています。

(このコミュニケーションの仕方も私の好みの上で書いてます)




Meg.