本日2記事目




夫がこぐ自転車の後ろで


こんな51歳になれるなんて

あの頃想像しなかったな。と思う。


雪がちらついてる夕方、

渋滞する道路を眺めて車での買い物から自転車に変えたわたしたち。



わたしのママチャリは、

昔は、後ろに娘を、

前のカゴには買い物袋をのせて

タイヤを凹ませながら走ってきた仲間。



あの頃


夫は永遠に会社員で

わたしは永遠に子育てに人生を明け暮れさせるものだと思っていた。



慌ただしく朝を迎えたら、

夫はスーツで出ていき

わたしは娘を送り、迎えにいき、

自転車で近所のスーパーや薬局に行き、

家に帰りご飯を作ってお風呂に入って


娘の髪を乾かして一緒に寝てしまう日々。


これがずっとずっと続くのだと疑わなかった。



ああなる、こうなる、と

いくつか予想した未来は

父や母や祖父母の体験から切り取ったものばかりで



まさかいまこうして自転車に乗って夫とスーパーに買い物に行き

夕陽に向かって縦に並び、


朝は一緒にラジオ体操して

お互いの体調を確かめ合ってるだなんて、、


20代のわたしが知ったら。。





きっと安心して

泣いてしまうかもしれない。


だってずっと

一人でなんとかしないと

家族は壊れてしまう脆いものだと思っていたから。


子どもは母親がしっかりと守り安心感を与えないと

不安ばかりの人間になると思っていたから。


誰にも頼っちゃいけないと

思い込みしんどかった20代だったから。



会社人間で、家族の時間を欲しがらない。

と思ってきた夫は、


会社をやめたら

家の細々としたことを丁寧に整理して

押し入れや引き出しの中身はそれぞれの住所があり、

出されたらすぐに戻され、


家という箱の中身は、

人も物たちのことも

今や夫がきちんと把握する家となった。


新婚の時からあるオーガスタは、夫が毎朝太陽の移動と共に位置を変え、霧吹きをかけ、

葉が生い茂るようになり

28年で最高に生き生きとしている。


家族を作るのは、

生き物を育てるのは

夫がわたしより何枚も上手。



そんなことを20代、30代で知ろうともせず

ただただ自分の思い込みで夫は会社人間だと決めつけてきたのだった。



振り返れば

子育てを、

あの丁寧な夫にやらせていたなら、


それはそれは娘を今以上に大切に、

宝物に扱い

丁寧に観察して

日々細やかに接していただろう。



わたしが雑でいい加減で大雑把なところを

夫は、たっぷりと観察という愛情を注ぐ人だから。



家の中の引き出しや

何年も大切にされるものや

観葉植物をみて、

ようやく夫がそういう人だと

愛情の氷山の一角を理解している。



夫とスーパーに行く夕方、

帰る歩道は

冬の太陽が温かくて

影はわたしの方に向かって細く伸びた。


久々にママチャリを漕いだら

前後の荷物が重くて

太ももの筋肉がもりもりと使われた。



病み上がりの夫に

ゆっくりゆっくり帰ろうと声をかけて

二人で冬の賑やかな街を

自転車で帰った。





Meg.