本日2記事目







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今日は、母の白内障の手術でした!




わたし「ハカハカしてる?」


母「アンタがいてくれるから緊張してない!」


わたし「わたし、頼りないけど、いるだけでいいんだもんね笑笑」



アンタの安心感すごい!



と、体メンヘラじゃない母は平常心!!!(スゴイ!



手術の時間は14時45分


12時までに眼科につき、

手術着に着替えたら


そこから2時間かけて

何分かおきに目薬をさす。


(だんだん目がぼやけるみたいです。)



母がハカハカするのは、

手術の怖さより

準備がちゃんとできるか?にあって、


決められたスケジュールをこなす(1日4回の点眼)

が大変だったよう。

(母の薬の時間と目薬の時間がまちまちで混乱!)



点滴をして

トイレに行き、


いざ手術へ向かった母。



わたしはわたしで待ってる間に仕事をしていたからあっという間!!




15分ほどで手術が終わり、

お疲れ様ーー!!

がんばったねー!!と

労いました。



それを聞いていた同じく手術を終えた仲間が、


「あらー。娘さんがいていいわねえ。

わたしは一人で来たから緊張しすぎて震えた!」


とか、


「なあ?俺も怖かった」


などなど、みんなお疲れ様ー!!!がんばったあ!


と声かけあって帰りました!



隣にいた母世代の男性は奥さんが付き添い。


血圧測ったら高くて

奥さんから

お父さん!深呼吸よ!深呼吸!


と言われてたり。



俺は健康にだけは自信があったのに、白内障になるなんてなあ。


とめっちゃ健康意識レベル高い

男性ですごいなあ、と感心!

(そんな母世代もいるんだ!)



なんかほっこりした待合室なのでした。


わたしの母は59歳でがんが見つかり、その時、めちゃくちゃポジティブだったんです。


なぜかといえば


母は、自分がガンになったから

父と離婚できる。


と思っていた。


いつか離婚したい、と思い

自分では気持ちを伝えられなくて

ガンという大義名分があれば

父が離婚に応じてくれると思い


人生が明るくなったらしい。


母にとって気持ちを夫に伝える行為は

ガンになるより怖いことだったわけです!



お母さんはどうせ早く死ぬから

離婚して、自分の人生生きたい。


そうわたしに言っていた母。



そんな母はガンの手術から

17年経ち、

白内障の手術前はわたしについていて欲しいと頼んだり


目薬のスケジュールに混乱するから一緒に考えて欲しいと言い、


婿に車で送迎して欲しいと言える素直な人になった。



片目を眼帯で固定した母は、

もう片方は黄斑変性と白内障のダブルで、足元がおぼつかなく


わたしと手を繋いで駐車場まで歩いた。



頼りないわたしが、

母の前では頼られて嬉しい娘にもなる。



こんな母の、

あまり気にしないマインドに勇気をもらいながら


未来のわたしもこの温かくて可愛らしい記憶に助けられるだろう、と


母との乗り越えた体験として刻んでいきたい。



Meg.