本日2記事目






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幸せの価値観





私は今までの歴史の中で


様々な人や価値観をゴールにして生きてきました。


一番大事にすることをゴールに毎日、時間ごとに変わりながら生きていたんです。



ご飯は痩せると言われたらご飯を食べて

ご飯では太ると言われたらご飯をやめ。。笑(よくやります。)




今日はパン!


自分、父、母、きょうだい、夫、

娘、友だち、好きなこと、仕事、

心理学、お金、持ち物、

etc..


を、ゴールに置いていたんです。


え?

それがゴールでもいいじゃない?


と思われる方に否定も批判もなくて


わたしが、親や友人以外に置いてきたゴール、

【自分】【心理学】【好きなこと】

を置いた時にこんなことが起きた、という体験なのです。




【自分をゴール】に置いていた場合、


自分が中心ですから、


娘はわたしの所有物のようになり、


自分を満足させてくれなければ怒ってみたり。



自分がゴールだと、

お金はどんな対象になるかというと、


私が欲しいものだけを満たすツールでした。


自分を大事にしない物、と感じたらそれは夫には大事なお金の使い方でも浪費にしてしまう。


わたしが認めないことは

娘が何かに使う時は無駄遣いにしてしまう。


自分がゴールだと、


仕事はわたしだけが利益があることを考え、

自分を満たすためだけの手段。


仕事のスタッフ

関わるファンはわたしを満たすための存在になる。


自分中心だと、

友だちは私の味方でなければならず、私を満たすための存在になり、



心理学はわたしの評価をよくする手段で、親やママ友を都合よく分析しては、わたしが正しい。わたしは心理学に則りしている!と、マウントをとりがちになったのです。(2010年カウンセリングに感動して、一気にそっちにいきました笑笑)



自分がゴールだと、持ち物は私の価値を測る物差しになり

例えば皆から人気があるブランドはわたしの価値をあげ、

誰も知らないような物では価値がないという評価になる。




自分中心じゃなく、

【幸せの価値観】をゴールにすれば、


自分のことは

【尊い】【素晴らしい存在】としてみることができ、

そんな人間を活用して、

幸せのゴールに向かい、

謙虚に愛を持ち、切磋琢磨する習慣づけができる。


私をそうみたら、相手も同じかけがえのない存在として向き合える。


自分だけで終わらず

誰かと関わりを持ちながら

幸せな影響を与え合って生きていけるんではないか?と考えています。



また、

【心理学をゴールに置く】

これで起きたことは、


父や夫を、心理学の教えやメソッドに沿う生き方をしてくれるかどうかで価値を測ったり


心理学に興味ない人を小馬鹿にしたり!

ものを知らない人に仕立て上げたりと、マウントとりがち。


心理学メソッドに添うならば、

関係をうまく築いていなとダメで価値がないように感じたり、


そのために、仲良しなフリをしたり、

まるで問題がないように振る舞ってしまいがちになる。←あるある!えふりこいじゃう!



仕事面では、

わたしの仕事は心理学があるから価値があると思ってしまいがち。

本当はどんな体験も役に立ち、仕事になる!



持ち物は心理学の流行りに左右され、

例えば断捨離が心を整えると聞けば断捨離して価値があるように思えたり、

ものは捨てずに大事にしましょう、と言われたら

捨てなかったりと揺れ動く。。



好きなことは、心理学の教えに関係するものは許され、

それ以外の遊びやレジャー、家族の趣味は時間の無駄と判断しがちになる。



友人は心理学でつながる人だけになり、

それ以外の人と価値がないように感じがち。


心理学のことで批判や反対意見がある人と、友人関係を築けなくなる。

→本来は心理学を手段にして、半径三メートル以内の人間関係をより良いものにするのが目的だったのに。



心理学に興味がない人は敵のように感じたり、

心理学に興味がある人は最も重要な人にしがちになる。



また、心理学に貢献することや

心理学に沿うことだけが、自分の価値になり、

心理学を知らない家族、友人の関わりを希薄にしてしまう。

(たまたま話が合う、楽しいのが心理学関係、でいいんだよね。

わたしは心理学を知らないアメリカンYOUや、サークルメンバーと話していたら

Meg.のマインドがクリスチャンぽい!とか、

素直ね、と言われ、なんの本読んでるか、何に影響受けたか教えてーと興味持たれました)



ゴールが心理学ではなくて、


自分が決めた幸せの価値観がゴールなら、


心理学はあらゆる決定をする一つの選択肢になって、

幸せで楽しく生きる手段になっています。


実際、カウンセリングや、スーパースターメソッドやアサーション、スピリチュアルな友人からの影響で家族やサークル仲間たちや半径三メートル以内の人間関係が素晴らしく風通しが良くなり、

悩みが減りました♡


で、心理学だけじゃなく

7つの習慣、渋沢栄一さん、音楽、小説、ドラマ、

YOUたちや、義母、の愛情や

夫の健康解釈も、手段として取り入れて幸せに生きるヒントになっている、と再認識♡



また、

【好きなこと】をゴールにすると、


夫は、楽しいことワクワクすることをするパートナーになり、

日々のワクワクできない作業や、日常生活には退屈してしまったり、


生活で必要なことをしなくなり

怠惰な生活にもしてしまいがち。


わたしは家事を母に、

振り込みや役所関係を夫に任せ、

好きなこと、知恵やアイデアをだすことにかまけていたら、


洗濯機の使い方を忘れたり

ATMのやり方を忘れてたり、


母が骨折したら、わたしが日常に必要なことが

できなくなっていて驚いたんです。


(宇多田ヒカルちゃんが、若い頃にスターになり、音楽の才能を活かして生きていたら、

途中から人間活動をする休暇をとり、日々の雑務を自分がやるようになったことがあったと記憶してますが、


あれも、人間として、好きなこと、才能発揮することばかりが生きることではないんだなあ、と

わたしなりに解釈しています)


また、

わたしの好きなことと家族の好きなことが違えば

わたしの好きを反対する人は、

わたしの人生を邪魔する足枷の存在にもなる。



好きなこと、娯楽がゴールなら、

お金はひたすら好きなことをするためのもので、

家族にかかる生活の消費や交通費や親戚付き合いの冠婚葬祭などには損したり、嫌な気持ちになりがち。




持ち物は

自分が楽しむためには限りなく所有して、

増えれば増えるほど楽しくなると思いがち。



友人は喜怒哀楽の、喜や楽だけを共有する人になりがちで

遊ぶためだけの上辺の付き合いになる。


楽しいことを共有しない人は敵になったり、

自分がまるで悪いことをしてると感じさせる相手としてしまう。


好きなことが、ゴールだと

自分自身は快楽を追求するための道具のような存在になり



楽しくなければやる意味を持たず、価値がないとしてしまいがち。



で、好きなことがゴールではなく

幸せの価値観がゴールならば、


好きなことは、

自分の人生に楽しみや喜びをもたらす【手段】になり、


我慢や苦労もしながら、

好きなことでリラックスやパワーを養い

自分が決めた幸せなゴールへ向かうことができる。



2020年まで、いろんな変化に飲み込まれ、その都度ゴールを見失ってきたわたしには


こんな

自分中心、心理学中心、好きなこと中心にしたゴールもあったんです。


もちろん親や友人を中心にしたら

自分が決めておらず、しんどいのは当たり前で、



自分を大事に、とか

好きなことしよう、とか

心理学がゴールに、とか一見

軸があり、幸せなようなことまでも

わたしの土台を最も簡単に波や変化にさらわれてしまう要因だったのでした。


このことをうまくまだ説明できなくて歯痒いのですが、


自分のために書き残していきたいと思います♡



わたしのように気が変わりやすく、

その変わりやすさや誰かに染まりやすいからこそ

なんか違和感があるなあ、と感じる方には少し参考になるかもしれません。



この話もしてます。




Meg.