本日4記事目



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父が、意識がないまま数日過ぎて

いろんなことが整理できる時間がある。


親戚たちはみんなこういう時に

自分達も気力や体力なんかが大変なのに


父や甥っ子姪っ子たちのことを考えて集まってくれる。


父のきょうだいは結束が固くて

何かあると、誰かを孤独にしない優しさがある。


介入もして世話も焼き

とことん関わるスタイル。


このドタバタの感じが、

盆や正月の集まりを思い出させてくれて、

わたしは一人じゃないんだなあ。と感じるのだ。


弟から流れてくるみんなからの

愛情は、

かつて父がきょうだいたちに与えてもきた

余計な世話までやいた愛情ではなかったか?


自分のきょうだいの子にまで口を出す。


黙ってられない短期で横暴な父が、

兄というより父親役をやり

関わり続けた。



弟に父に関する一切の窓口を任せたわたしは

はたからみて、

久々の親戚の関わりに昔ながらの愛情感じてほっこりもした。



母の親戚とは違う、

ディスりコミュニケーションも面白い、父の家族の世界観。


おかげでわたしは

父が意識を無くしてから

落ち込みや不安がなく


父がいつも言ってくれていた


なも心配するな。

大丈夫。


な中にいる。



父の思い出を話しながら

ケラケラ笑って過ごしている。


菩薩になってからの父は

いろんな人に人懐っこい笑顔や穏やかな顔を見せて

みんなの中にたしかにあった

厳しさの記憶を無くしてしまった。




父からのギフトとも思えるような、

思い出と楽しい時間を過ごさせてもらっている。


父はきっと私たちの話に混ざったら

バカこの!と笑い飛ばすだろう。


父をネタにして

元気に生きている。


父の破天荒な人生と

面白さに

今とても救われている。





Meg.