本日4記事目



父の容態があまりよくない。



弟からの電話が終わって

わたしがしたこと。








ご飯支度。


キャベツを切り

ネギを切り

生姜をすり

ニラを切り

肉をこねた。



父が危篤に近い時

わたしが今できることはご飯支度。


今、病院に面会にも行けないわたしたちは

慌てて弘前には行かずに

粛々と目の前のことをするだけ。




明日作る予定だった餃子を今日のうちに作り


今日食べるシチューを煮て




たねをこねて


皮に包んで、冷凍庫にいれた。





わたしはこうしてご飯支度をしている。


父は色んな処置をされ、意識はないまま。




母の病院の予定を確かめて

わたしの薬は明日もらいに行かないと、と思う。

明日予約している歯医者は別の日にしてもらおうか。


ツキイチのメンバーに状況を伝えて

シチューを食べて歌番組を見て、帰れマンデーの平野くんを見た。



2018年

父が倒れた、と聞いた時は

わたしは不整脈がひどくなり

息をするのが苦しかった。

背中がバキバキになり、何日か寝込んだ。


父の心配より

わたしが父から叱責されるのを恐れた。




今わたしは

父が写真撮影で連れて行った秋の岩木山や、

夏に食べた悪戸アイスや

父と買いに行った鹿内せんべいやケーキ屋さん

父と食べた茂森の蕎麦屋さんを思い出している。


TSUTAYAで借りたDVD

父は自分の見たい映画が後回しになってキレた。


土手町の雑貨屋さん


中三の味噌ラーメン


叙々苑の焼肉


ビブレ


予備校


オメがごはんを食べる顔が大好きだなあ、と父に言われた。

父はわたしに肉を焼いてばかりいて

カルビスープをシェアした。



わたしにお金を払わせなかった父だけど

施設に移った後に一緒に行った寿司屋で

わたしがご馳走したら

小さくなった父は頭を下げた。


施設の父はもう財布をもっていなかった。


気前がよく、

人に介入し、

アドバイスばかりして

リーダーシップを取りまくる父は


忘れっぽく、頼りない

菩薩のような父もわたしに体験させてくれた。



わたしがパニック症だとわからずに色んな病院に行っていた時

弘前に心療内科もみてくれる先生がいる、と父が連れて行ってくれた。


わたしがパニック症を父のせいにしたら、

父は

人は自分で人生を決めてくもんだ。

人のせいや環境のせいさするな!と怒った。


父は

自分はひねくれてる。



オメみたいに、素直だばいいんだべなあ。


とも言った。


父はわたしにだけ可愛くなる時もあったんだ。



色んなことは

もう痛くも苦しくもない。

恐れもない。

父を思い出すことは幸せと繋がること。




父は幸せな人で

わたしは愛される娘だから。


大好きだよー

わたしが父と交わした最新の言葉。



明日何合たく?

母が聞いていつも通り一合半。と答えた。



父もわたしも幸せな人だよ。


I pray for him.

Meg.