本日2記事目


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父と連絡を絶ったのが

2012年頃。


母が家を出て、

父からくる脅迫メール、留守電の嵐に

ほとほとわたしが参って、


父を完全にスルー。




そんなことをしたのが生まれて初めてで

毎日くるメールや留守電に、

めちゃくちゃ罪悪感を感じて具合が悪くなってました。

(いつも電話に出たり、対応していた)



【その頃のわたしのあり方、セルフイメージ】


父からの頼み事を拒否したら

不幸になる娘


父に従わなかったら一生恨まれる娘



そう。こんな風に偏った思い込みだった40歳でしたから


毎日、不幸になるかも。恨まれる。復讐される。ころ される。

と本気で思っていました。


父からもそんな言葉を聞いていたからです。


(それで警察にも相談しまして、パトロールや、住所を閲覧できないようにしてもらいました)


↑それくらいの恐怖で逃げました。



でね、これほどまでに親子で行き違ってきたわたしが、


今父から愛情を受け取り、穏やかでやさしい気持ちで愛おしく思えるのは、


絶縁という、距離を取ったから。


この、父に会わない間、

父の言葉のシャワーを浴びない間に


わたしはわたしの心で感じたことを大事にしたり


余裕ができたら、

父の今までの言動を、愛情で解釈してみたり


ごちゃまぜになっていた記憶と感情を毎日マンガやブログに書いては整理していたのです。



父が遠く離れて

今何をしているかの情報も遮断して


警察にまでお世話になり(DV相談)


やっと、父の形の愛情を受け止めるまでになったわけです。



この、親子で絡まった勘違いの糸はなかなか解けなかったので


2010年に受けたカウンセリングはわたしが今こうして生きるスタートにもなったし

だいぶ自分の気持ちや思い込みに気づけました。


娘であっても自分を親より大事にしていい。と言い聞かせたり


親はわたしを使わなくとも自立する人としてみる。



怒り狂って手がつけられない父を放っておくことを人生で初めてした。



本当にわたしが死ぬかと思うくらい、、

悶絶した期間でした。



5年間連絡を絶ち、

父の体が脳梗塞で動けない、と聞いても

父は這ってでもわたしを罵倒しにくるかも。とまで思っていた。。



冗談か本気かわからない数々の言葉は今だって、忘れてないけれど

父にはそれくらいの生育歴があったのだと

父に求めるのをやめて、

わたしから愛情をだすことにしました。


そうしたら、今まで見えなかった父の愛情を差し出されたと言うわけです。


父に似ているわたしは

この修復の間に、自分の父似な性質をとことん受け入れて

元気にもなりました。



今も、父のようなタイプには


わたしが、相手の怒りや不機嫌を沈めたくなったり

自分が我慢して、どうにかしてあげたくなる。


だから距離をおいてみるんです。

大事なわたしや、相手のために。



尊重できる距離まで離れながら。



今も父を大好きなのは

この距離をわたしがキープしているから。


親子でそうしていいと、わたしが⭕️をして。





絶縁後に復縁?笑笑してから

いろんな話をするようになり、

父は家族といるより、一人で生きる方が好きだとしれた。


そんな父に娘だから!と介入したのはわたしだったかもしれないな。と

思っています。


Meg.