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26からパニック症になったわたしは

今日を生きるのが精一杯。


今日死ぬかもしれない。


明日はないかもしれない。


そんな風に生きてる。



パニック症のお陰で、今を生きるのができるようになったかもしれない。



今日しかやれないかもだからやる、とか

今しかこの元気がないかも、

今しかこの楽しさを味わえないかも。


そんな風に話していたら

父はいつも


オメは刹那的すぎる。


もっと余裕を持でよ。


と言われてきた。




隣で焦るように生きるわたしに

30歳長く生きていた父は

オメの人生はまだまだあるよ。


と伝えてきてくれた。



わたしの体質は父から受け継いだと思う。

わたしが、不整脈に気がついて不安な気持ちを話したら

父だけは珍しく共感してくれた。


ハカハカも父と同じ。

自律神経が弱いのも同じ。


そしてわたしのようには怯えずに

2時間もウォーキングしたり

運転を楽しんだり


人生は楽しめるよ、と背中を見せてくれた。



わたしは不安や弱さで出すけれど

父は何クソ!と悔しさとじょっぱりで生きている。


そんな父から、いつも大丈夫を与えてもらってる。



コロナ禍で、施設の面会が難しくなり

父にあったのはビデオ通話した去年の秋。

スマホを使えなくなった父と話せなくなり

弟がわたしにビデオ通話してくれたのだ。


父が画面に写り

わたしは

おとうさーん!大好きだよ〜❤️おとうさーん!かっこいいよ〜❤️と

手を振った。


父は笑ったり恥ずかしがって泣いて、

うなずいてた。



父の人生の中でわたしが色濃く関わったのは何年かなあ?

大好きと言えるようになって、やっと5年。


父が入院した、とさっき電話を受け取り、

もう話せないかも、と聞いて

父からの

なも。心配すな。

の言葉だけが残ってるわたし。


大好きな人に大好きと伝えられる人生を送りたい。








父のことが大好きな娘。

Meg.