定期的に暴力的になる父を


その度に受け入れたのはわたしだ。





暴力的な次の日に

父は優しい父になる。

もう2度としないから

許してほしいという。






母が家を出て

出た直後は


ころしてやるといい、




娘に、
お前は敵か?味方か?と
ときく。


しばらくほおっておくと、


許してくれ。
もうだめだ。
メグー!

と泣きながら弱々しい声が、
留守番電話にのこしてあった。





父を捨てていい。

冷酷なわたしを受け入れた。



父の復活を
遠くからみている。と。








母のことはGPSで探した父。


母はケータイも捨てた。







優しい時の父が好きだった。


優しい時
父は穏やかな海になる。







優しさの後に、


きまって父は自分を持て余して


お前が機嫌をとるものだ!と激昂した。





したてに出てやると
偉そうにしやがってコノ。



お父さんのいうことを聞かなければ
お前は不幸になる。






激昂した後は優しくなるのだから

激昂だって受け入れる。




そうやって

爆発物を処理してきた。


なるべく爆発しない様に。


ピンと息を、空気を止めて。







母に矛先がいかないように。


母が後から文句を言わないように。







暴力をイヤ、やめて
怖い、ということは


ずっと


さらに暴力を助長するものだと思い込んだ。




で、

今は自分にも暴力性や攻撃性があると知り、

認めた上で

拒否したい。





わたしはその暴力を受ける人間ではなく


わたしの世界にいれない表明。








いま、
施設の父は、
穏やかな大海。


おそるおそる近づき、

触って確かめた。

やっぱり穏やかだ。




と決めたのは最近。





いつ激昂する父が現れるだろうかと

ビクビクしていた。




わたしの錯覚だったような

父との40数年間。


夢のような、
ほんとに起きたこと。




父は忘れてるんだろう

わたしの記憶にある数々の怖さを。


父がいま、何もかも忘れても
わたしが覚えてること。



覚えて
父から刻んで
つけてもらった傷を
今は大事になでていること。