「サダばーちゃんのカレイの煮付けが食べたい。」



母は最近、
故郷の味を恋しがる。




サダばーちゃんとは、
母の祖母だ。



「煮付けた魚は、
若い時は嫌いだったのに

サダばーちゃんが
よく作ってくれたカレイの味が
いま、懐かしいんだよ。」





青森へ久々に行き、
母は妹の家に泊まり

仙台へ帰る日の朝にスーパーにいき、

宗八カレイを見つけた。




仙台では見かけない、
身のふっくらした
こっこのたくさん入ってる宗八ガレイ。





生で持ち帰れないから
カレイを煮よう!
となって
バタバタと味付けしたらしい。





仙台に帰り
母と叔母が煮た
宗八ガレイを家族で食べた。


懐かしい味。
母もよくわたしに作ってくれてた。






「サダばーちゃんは、

寝たきりになってから

お母さんが横にいても


下の世話をさせてくれなかった。


なんでだろうなあ。」




母はサダばーちゃんの話をすると
いつもこのことを語る。



お前はあっちへ行け、しっし。


と眉間にしわを寄せ
手を動かしたサダばーちゃん。



母は
嫌そうな顔をして
真似をした。






ふーん。
高校生のかわいい孫に
させたくなかっただけじゃない?






母はおばあちゃん子であった。




母が幼い頃、
3歳下の妹が生まれて
6人きょうだいになった。


母は真ん中の娘で
子供のいない親戚の家へ養子に出された。



泣いて泣いて泣いて
毎日誰かが迎えに来るのを待った。
玄関の格子の光をずっと見ていたのを今でも覚えている。


と、母。



母が養子に出されてしばらくして
そこの家に子どもができ、
また、両親や兄弟のもとへ帰されたらしい。





母は久々の家の様子に
気後れして、

きょうだいの中に入れず、


ひとり、おじいちゃんとおばあちゃんの部屋にいつもいたらしい。



あの時に、親を見限った。
親なんか頼らない。
わたし1人で生きる!と決めた。





と母は言っており、


自分の母親より
サダばーちゃんに可愛がられた記憶があるらしかった。




サダばーちゃんが寝ている横に、

高校生の母がいつもいて、


サダばーちゃんが
具合が悪いと
名前を呼ばれた。

呼ばれて、
何かしてあげようとすると

おばさん呼んできてちょうだい、

と娘を呼ぶように頼まれたらしい。



何かしようとすれば
しっし、とやられた。






母はサダばーちゃんに
なんでもしてあげたかったから
寂しかった。と言った。







青森から仙台に帰る途中、

寒気がする、と言った母。



仙台に着き、
宗八ガレイを食べた後

熱が38度越した。



わたしは布団を二階から
母の隣の部屋に移して
母の寝息が聞こえる距離で寝る。




何年か前から、
少し旅をすれば
母は熱を出したりめまいがして

1週間体調不良になることがある。




母の寝息を聞きながら
わたしもただ隣に寝る。






二日たち、
熱が下がり
めまいだけになった母に


体調どう?ときいたら




母が

わっと泣きながら

隣にいてくれてありがとう。


と言った。






乳がんがわかった時も

誰も来なくていいと言った母。



「病院でなんでもしてもらえるんだから、


お母さん1人で大丈夫。」




わたしは自分の体調にも自信がなく、

母の言うように
母の入院には付き添わず、

代わりに姉がずっと付き添ってくれた。



母はどんなにか安心しただろう。







「お母さん、あんたはもう二階へいっていい、
て思ってたんだけど


夜中に起きたら
あんたがまだここに寝てて


安心したんだよ。


ありがとうありがとう。」






サダばーちゃんもさ、

高校生のお母さんがそばにただ居てくれて

それだけで嬉しかったんじゃなあい?








わたしだって

ただお母さんのそばに居て

なんかしてあげたいんだよ。


お母さんがそうだったみたいに。






迷惑かけたくない、と言ってきた母と



何かしてあげたい娘と




サダばーちゃんと宗八ガレイ。





嫌いだった煮付けが、
思い出と一緒に大好きになる。


70代だったサダばーちゃんの気持ちが、
体のことが、
今はよくわかってきた母と



わたしも母の30代や40代を
こうだったのか、と
共通点があれば
今は優しく予想する。


わたしの今の気持ちと体で。



サダばーちゃんは
75歳まで生きた。

今の母の歳には
もう寝たきりで
すっかりおばあさんだった、と言った。



サダばーちゃんの歳くらいに
自分もなったのに、

来月にカナダまで行こうとするのは
無謀なんだろうか、と母が言う。


無謀かどうかは行ってみなくちゃわからない。


7月の後も
母と旅の予定がもうある。



食欲がある母に、安心して
母との記録を残す。
サダばーちゃんと宗八ガレイと一緒に。