この記事読んで父のこと思い出しました。



わたしが高校生で、
2歳下の弟が中学生の時。


父がドラムのセットを自分がやるために買ってきた。



父は買えたら安心したのか、

練習しなかったのだけど

中学生の弟が叩き始めて、

そのうち幼馴染たちが家に来て、

ベースやギターを始める子が出てきて

歌う子がいて、

自然にバンドになり、

毎日毎日大きな音で楽器を演奏するようになったんです。






場所は家の二階。


父と母の寝室は広い洋室で、


大きなベッドが2個あっても余裕でドラムセットやピアノやギターやアンプ、ステレオが置けた。






毎日毎日やるんだから、


ものすごい騒音で


苦情の電話がしょっちゅう来るようになった時。






その電話には父や母が対応して、






こうやって、

子どもたちがやりたいことをやらせてくれたこと。




ご近所に騒音でえらい迷惑をかけ、

それも含めて、


完全にはやめたくないので、

夜は何時までには終わらせること、とか

交渉してた両親。





それは大人になってから

あの時は苦情の処理に追われた、と聞いたのだった。




だって、
お父さんが買ってきたドラムだはんでさ、

責任あるべ?と。







弟の昔のバンド仲間が集まった10年前。

皆んなが、お父さんと昔話をしたがった。

まるで友達のように親しんでくれた。







それぞれ音楽に関係ない道を進んだ彼らが
公務員や会社員になり
当時のことを楽しかったと口々に言って
父は涙してた。







弟は18歳で東京に出て、

その後ミュージシャンになった。

今もずっと音楽活動をして生活してる。






父が脳梗塞で倒れ、

リハビリ中に、
退院した後の住みたい場所を尋ねたら、

弟のいる東京に行きたいと行った。




週に何回か、弟はマメに施設に通い、

父の車椅子をひき、

ラーメンや、トンカツを食べに連れ出す。







わたしは、父や母の成分もある、と感じる時。

それは好きなことをして生き始めた時、

ガマンして生き続けたときの何倍も強く感じること。






お前が生きるのに、

お父さんのせいにするな!


と言われたときは意味がわからなかったこと。



また、


わたしの生きた長い年月、


父は娘の責任をずっと取り続けていたこと。











父は父の哲学でずっと生きる。


今になり、それがどんなに美しいかと思える。







お父さんとお母さんが謝っておくから


心配しないで好きなことをしていい。





わたしもこうやって

親から愛された証拠を、

娘へとバトンを繋げる。









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