30までは遊んでいいと念仏のように唱えていた

30までは遊んでいい、30までは遊んでいい

でも実際は23〜29はどんなに楽しい事があろうと不安がスタンドのようにへばりついてた。

それは思春期に拗らせた性癖なのかと思っていたが明確にお化けがずぅっと肩に手をかけてるような

感覚なので、厨二病よろしく不幸があるふり、実際には本当に欲しかったのかもしれないものが

イタズラにまじで具現化してしまったような、コックリさんで遊んでたら取り返しつかなくなってしまった

子供のような、とも思っていたがシンプルに将来の不安に苛まれていた。

 

でも悪いことばかりではなく、その宙ぶらりんの、全ての甘えが許されるからこそできた不安ごっこの中で、

その大人でも子供でも童貞でもないトゥルーマン・ショーのような世界で出会えた物や人がたくさんいた

"男はつらいよ"の寅さんに出会えたことは本当に良かったと思う。きっともう少し自分に責任感があって

もう少し大人だったら、生涯寅さんに心を打たれることはなかったと思う。あの安心感はなんなんだろか

この人がいたら万事解決。弱さもダサさも全開、困ってる人をほっとけない、とにかく今を生きるエネルギーに

感銘を受けたのだと思う。友達にもたくさん恵まれた。会わなくなった人もいるけどそれ以上にブチ壊れた

各々のスタンドに辟易している人達と出会えた。自分の人生はどうしてたって面白くなるんだろうと心から

思えたのもこの期間だった。海外にも長期で行った。自分では恥ずかしくて現実逃避だと人に説明してたが

実際のところ、動機は自分でも本当にわからない、人に面白いやつだと思われたいとかもあったかもしれない

二十代が、学校のない永遠のナギセツのような気がしてあぐらをかいてたのもある。いっそのことそのまま消えちゃえ

という思春期に拗らせてしまった破滅願望もあったと思う。でも人一倍ビビリの僕は危機回避能力に長けており

あらゆる危機を回避してしまった。

 

目に見えない力やメッセージにもイマイチ頼りきれず

そのおかげか仏教や哲学の面白さに気づけた

自死なんてものは行動に移すことは流石になかったが深く深く考えていた

なんせ厨二病が性なもんで、うぁあちゃま!!って頭の中でなるとピストルをこめかみに撃ち込む

想像をしてリセットしていた。それは今でもたまにある。すっきりする

絶対的な善と悪なんてのは値札みたいなもんでそんなものは存在しないということも

わかったつもりでいたが、周りの人の優しさは本物なので、その優しさに気づくのも時間がかかってしまったが

全身にその優しさに応えなければということに気づくのも随分時間がかかってしまった

 

とにかく実家でぬくぬくと守られ、好きな時に好きなことをする

こんなパックスロマーナな生活誰もが羨むものなのに、人間不思議なもので不安や不幸を作ってしまうんだすね

このままずぅっっっっとこの生活が続けばどれだけ幸せなのか、と思ったし

モウイヤだ、ワタシ、コノシゴトヤメタイ、オナジコトノクリカエシ、ギャラ少なすぎるヨォってなこともあるし

とにかく新しい世界を見たい、もういい加減飽きたぞ!!って気持ちが一番強かったかもしれない

イベントのおきない箱庭のステージみたいなもんですな

でも、それも嫌いではないです

 

 

前世も来世も同じの親友の一言に打ちのめされそうになったこともある

何かしてなきゃ不安な奴は、精神が未熟なだけだ

では精神を鍛えるしかないので自立を志したのである

随分遠回りをしたが、、

 

みんながごくごく当たり前に、自転車のってコンビニ行くようにこなす働いて暮らす

ってことに納得した言葉であった