今もその名残はありますけどね。笑
AとBさらにはCも…
なんて言われた日にはもう選べません。
おそらく
自分の下した判断に
責任を取る自信がない
ってことなんですよね。
例えば
⑴〇〇さんがAがいいって言ってたから
Aにしてみよう、自分もそんな気してきた!
⑵Cかなと思うんだけど、でも普通に考えたら
Aがいいのかな。
みたいに決断するとします。
失敗したら…
⑴の場合、
〇〇さんも共感してくれて凹みの省エネ。
⑵の場合、
とりあえず凹むしモヤモヤします。
選ぼうと過ぎったCに未練。笑
成功したら…
⑴の場合、
考える手前省いてますから省エネ。
⑵の場合、
それはそれでなんかモヤモヤします。笑
⑴⑵の方法で選択すると
自分の心の中の声に真っ直ぐ
問いかけることをしなくなる。
考えるな!感じろ!
って言われても、
もはやどこに
"感じる"
があるか分からない。
でも、決めた後にモヤモヤして
"なんか違う病"
に何度も何度も罹患するんです。笑
そもそも、心の声を聞いて行動した人には
きっと後悔も違和感もなくて。
自分の本心と向き合って下した結論に
ジャッジしない。
ただ、その時の心の声に従った結果
という事実のみ。
例えは極端だったけど、
〇〇さんは決して人とは限りません。
環境、世間体、一般論
すべて〇〇さんに当てはまります。
結局⑴も⑵も同じことなんですよね。
普通に考えたらの"普通のものさし"どこやねん!
て、ツッコミいれたくなりますよね。
要は、
外的要因によって決めた省エネの選択は
責任も外的要因に転嫁しがち。
後悔もしがち。
決めるって意外と出来てないと思うし
自分の心の声が聞こえてる人も少ないと思う。
不平不満、違和感なんてもんは
自分の本心と行動が一致しないから起きるもの。
こうあるべきだからAかな?
でなく、
こうしたいからAを選ぶ!
にしたら、
自分が出した選択と行動に
不平不満や違和感が生まれるどころか
満足しかないんじゃないか?
だから、不満ばっかある時って
自分がどんな決め方をしてきたのか
振り返ってみる。
その不満や違和感を感じる決断をしたのも
他でもない自分なんです。
自分の心に問わなかった自分
省エネして責任逃れしたかった自分
不満や違和感から離れるためには
自分の心に従い
自分の決断に責任を持つ
そんな自分でいたいですね。