とてつもなく悲しかった
あの頃から、五年が過ぎた。
あの頃、
積み重なった悲しみと苦しみに、
完全に押しつぶされたように感じていた。
心から安心できる希望の光を、
私の中から探す気力も、もう、
見当たらないようにさえ思えた。
あの頃、
葉が落ちはじめたイチョウの木を
見つめることも、とても悲しかった。
あの頃から私は、
自分の心が最も強く望む方向に、
ただただ、出来るだけ進み続けてきた。
そうして、五年が過ぎた。
今もまだ、
私の中から、失望と恐れは、
完全には消え去ってはいない。
今もまだ、私の中から、
悲しみとあきらめは、
完全には消えてはいない。
今もまだ、私は、
完全には立ち上がれてはいない。
でも、今の私は、
信じられる希望を、信じられる安心を、
確実にひとつ、心に持てている。
あの頃の私にはなかった、
あの頃の私には出会えていなかった。
私にとって、途方もない悲しみと、
絶望と、失望の経験の先に、
幸運にも、出会うことができた、希望。
私が探し求めてきた、
安心できる、信じられる、
これからもずっと、きっと、
生涯、信じることができる
だろうと思える、明るい希望に、
有難くも、出会うことができた。
あの時から、どんな時も、
私のもとには、その希望と、
安心が届けられ続けている。
だから私は今日も、
希望と安心とともに、
生きることができている。
今はもう、イチョウの木を見ても、
ほとんど大丈夫になった。
今年はイチョウの落ち葉の
きれいなじゅうたんに、
心がほおっと、とてもいやされた。
私の心と、
人生を救って頂いている、
出会わせて頂けた希望と安心に、
あらためて、どうもありがとうございます。




