ある女性が来ました。
カウンセリングを受けにです。
その女性が言うのには、霊が取り憑いていて、婚期が遅れている。だから取ってくれと言うのだ。

こういったクライアントは、とても多い。
簡単に取ってくれと言うが、それでは霊も物扱いである。

彼女の婚期が遅れているのは、本当に霊のせいなのだろうか?
人の心は写し鏡とし、現実を創造し続ける。
取ってくれなどと、と他人。いや他霊を物扱いしていることが、何かの影響で写し鏡となって婚期を遅らせた原因では無かろうか?

僕は、そんなふうに思いました。

で、何で霊が憑いていると思っているのですか?
僕はそう聞きました。
すると彼女は、こう答えた。

霊能力者に見てもらって言われました。

だったら、その霊能力者に徐霊してもらえば良いじゃないですか。
僕は霊能力者として、とても低レベルですよ。
(笑)

事実、そうだと思う。
よく、同業者の霊能力者の僕への誹謗中傷は、僕は人間が出来ていない。感情を抑えられないから、会員たちは付いて来れない。
僕としても、面目無い話である。

でも、自分を抑えなければならないこともあって。それは僕にはとても大きな問題で、そのことは僕にとってはとても辛い。
男性なら、わかると思うが、寝る前には必ず女性のヌードや水着などの写真を見ないと眠れない。
朝、目が覚めて、やっぱりそこに女性のヌードや水着が無いとダメなのである。

女性を感じていないと、朝も明けぬ有り様だ。

男性なら、誰もがわかると思うが、性欲を抑えるのはとても大変な精神的な労力を使う。

今まで付き合ったパートナーも、僕の愛には付いて来れないことは、僕にもよくわかっている。
僕は恋人が出来る度に、自分の愛を抑えることを学んだ。
我慢すること、相手に愛を表現しないことが、愛なのだと思うしか僕には無かった。

愛とは我慢。
表現しないこと。

これはとても辛い、人生の修行なんだと僕は思う。

そんな男ですから、全然恋愛に関してはダメなのです。
皆さんに、人間が出来ていないと言われるのは、当然のことなのでしょう。
ですから、スピリチュアルカウンセラーになった頃は大変でした。
霊能力は、大したことは無いし、人に説教出来る程の人格も無い。
ですが、常に予約は後を絶たなかった。
何も無い自分が出来ることは、相手の望みを見抜くことしか出来なかったのだ。

この人の望みは何?

この人は、何を望んだ為に、今、悩んでいるのだろう?

相手が望んでいるモノ。
これがわかれば、解決法は簡単だった。
霊能力も人格も関係無い。

人それぞれに、人生の夢、望みは違う。
解決法も違う。
例え、同じ悩みを抱えている人が十人居ても、望みはそれぞれ違うのだから、解決法も全員違うのだ。
ところが、スピリチュアルカウンセラーを始めてわかったことは、同業者は皆さん自分の価値観で相手の相談に乗っている。
だから常に、彼らの相談者への答えは、自分の得意分野だけで、同じアドバイスを繰り返しているのだ。

誰もが自分の知識、自分の価値観を相手に与えて指導している。

僕のような、能力も無く、人格的に劣る人間が、多くの人を集めて導いて来れたのは、僕がそれぞれ違う相手の価値観を見ていたからだと、最近になって思うようになった。

相手が何を望んだから、今の悩みが出来たのか?
これ知ることが出来なければ、僕は誰の相談にも乗れない。
この先、どんなに強い能力を持つことが出来、素晴らしい人格者になったとしてもね。

その人の望みに、全ての鍵がある。


そのクライアントについて、話を戻そう。

僕は、霊なんて憑いてませんよ。と言ったが、彼女は他の霊能力者に憑いていると言われたから、絶対に憑いていると言って食い下がった。

だったら、その霊能力者が徐霊すべきだと思うのだが、その霊能力者は見るだけで、徐霊が出来ないから僕の所に行けと言われたそうだ。

仕方が無いね。
でも、霊を取ったり憑けたりしても、あなたの婚期には関係無いですよ。
婚期を遅らせたのは、あなた心が原因だからですからね。
言いませんでしたが、確かにあなたには霊は憑いています。
でも、それは女性で、あなたのお母さんなんですよ。

それを聞いた、彼女の態度は急変した。

お母さんに、触れてもらいたくなかったんですね?

はい。

お母さんは、子宮の病で無くなりましたね?

はい。

お母さんの子宮の病の原因は、お父さんの浮気が原因でした。
知らないことに、答えなくて良いです。
そこまで、わかれば大丈夫ですよ。
徐霊はしません。僕は浄霊をします。


クライアントの身体に、母親の霊を呼び出し対話をしました。
クライアントは泣いている。
彼女が泣いているのか、母親が泣いているのか、僕にはわからない。

母親に言った。
あなたの娘さんは、あなたの為に婚期が遅れています。
それをご存知ですか?

母親は自分のせいじゃない。娘には幸せな結婚を望んでいる。と言う。

でもね、お母さん。あなた自身が結婚を悔いているじゃないですか?
その気持ちが、写し鏡となって、娘さんの結婚を邪魔していたのですよ。

母親は泣くばかりで、黙って聞いている。
とても辛そうだ。

僕は話を続けた。

あなたは、子宮の病になった。
これは、旦那さんに浮気をされたからなのですよ。
あなたは、浮気をされて、女性である辛さを感じたんです。
だから、女性にしか無い病気になったのです。
これは、あなたに、自分が女性である喜びを教える為に、身体が起こした病気だったんですよ。
ですから、浮気をされても、あなたが女性らしさを取り戻せば、子宮の病は治ったのです。
ですが、あなたは女性らしさを取り戻さなかった。
それは、旦那さまを許さなかったからなのです。
旦那さまを許さなかった気持ちは、実はそのままあなた自身をも許さなかった。
あなたは、本当は大好きだった旦那さまを許さない代わりに、自分の女らしさも捨てたんですよね。
気が付いて、貰えたでしょうか?
全ては、あなたの写し鏡が原因となりました。
子宮の病も、娘さんの婚期も、あなたが自分を許せないから起きていました。
これからは、女性である喜びを、自分に対して許してあげてくださいね。
あなたが、ヤキモチを妬いたり、病になったことは、それだけあなたが女性だったという証拠なんです。


霊は心で出来ている。
だから学ぶのがとても早い。
この言葉だけで、お母さんの心は癒されたようだった。


我が青い太陽では、超能力や霊能力だけでなく、内側の意識の調整も教えている。

青い太陽では、5進エネ記数法と言って、人間の意識進化を5段階に分けて説明し、分けることで調整をし易くしている。

まず、1段階では深層心理の中で、思考が生まれる。
そこで生まれた思考は、2段階で外側に現象化する。

身の回りで起きる現象は、全てが自分の内側の写し鏡が起こしていると考える。
起きた状態を感じる。
この感じるのが、3段階目ですね。
意識が現実を受け取っています。
この状態は、思考が学んでいる段階な訳です。

4段階では、思考が学んだモノを、再びそれを外側に現象化いたします。

最初に内側に思考し。
次に現象化し。
さらに現象を受け入れ。
さらに現象化する。
この4段階です。

3段階で、本当に学んでいたら、4段階の現実は変わっているはずで、次に5段階目に意識は進化をしているはずなのです。

これが、意識進化の設計図なんだ。

ところが、いつまでも現実が変わらないのは、3段階で学んでないのですよ。
ですから、いつまでも変わらない人生が続くのです。
いつまでも変わらない現実とは、進化せずに老化に向かうだけの現実を言っています。

ですから、現実を受け取る、3段階目の学び方がとても大切なのです。

この学び方について、ここでは説明しませんが。
何故に学べないかは、ここでご説明致します。

例えば、スピリチュアルの指導者に、素晴らしい教えを学んだとしよう。
または、何かスピリチュアルの良い本を読んだとする。
人はそれに感動し、知識として意識に残します。

それは、良い教えなって、人生の道しるべとなるかも知れない。

ですが、人間はそれを正しい教えとして、自分の判断基準にいたします。
そしてそれは、他人をも判断致します。
場合によっては、他人を裁くかも知れません。

あなたは、その考え方で気付きを得、判断して生きて行きますが。
あなたが判断し、裁いた事柄や相手も、実はあなたの写し鏡だったのですよ。

あなたは、その判断し、裁いた相手を自分の幻影として気付かずに、自分の中に受け入れません。
正しい教えと言う、判断基準をあなたが道しるべとして、いつまでも持っている限り、間違いを受け入れないのです。

素晴らしい他人などの教え、判断基準。それを大切に持っている限り。
あなたは、自分の幻影を受け入れられません。
受け入れなければ、学べません。
だから、進化の無い、同じ人生をいつまでも続けているのです。

ですから僕は、クライアントに対して、自分の価値観で接しません。
あくまでも、宇宙でたった一人の、貴重な人間の心に合わせて接しています。


お母さんの霊は、自分を受け入れたから、成仏出来たのですね。

宇宙には、一方的な関係は無い。
必ず相手がいます。
娘さんも同じです。

娘さんの写し鏡は、お母さんです。

母親は、浮気をされて、悲しんで死んだ。
どんなに、自分が結婚をしたいと思っていても、可哀想な母親を、いつまでも思っていたら、彼女は無意識に、結婚を遠ざけてしまう。

浮気をされて、悲しんだ母親も、彼女の幻影なんです。

その母親が、浄霊によって、女性である喜びに気付いたことを、彼女が知ることが出来て初めて、彼女自身も結婚という愛の形を受け入れることが出来るようになる。


彼女の視点からの写し鏡を、青い太陽的に、詳しく説明すると。
1段階目、彼女は、父親が浮気をしたことを知り。自分は娘であっても、父親が娘よりも他の女性を選んだことで、悲しい女性を思い描いた。

この悲しい女性が現象化したのが、不幸な母親の姿だった。
これが2段階目だ。

そして、3段階目だが。
その不幸な母親の姿を、実は自分が写し鏡として現象化させた幻影だと、受け入れられていたら、母親は違う姿として、4段階目に現れていたことだろう。

そもそも、何故父親が浮気をしたかと言うと。
娘の観点から説明をすると、娘は父に、過去に酷く怒られたことで、私はお父さんに相手にされないと思ったことが原因だった。
父親に、愛してもらえないという感情が、現象化し。
やがて、浮気をする父親が、写し鏡として現れただけなのだ。


父親にしたら、過去、自分の母親が仕事で留守が多く、寂しい思いをしていた。

女性は、自分を寂しがらせるという思いで、女らしく接しない妻を現象化させ。
それが浮気に繋がっただけだった。
そして最後に、本当に妻を失い。
やはり彼自身も、女性は寂しがらせるという思考を、現象化させていたのだった。


そのクライアントは、その後、とても良い男性と出逢い、幸せな結婚生活を送っていることは言うまでも無い。
何故なら、母親は悲しく亡くなっても、成仏して自分の愛を取り戻したことがわかったからだ。
そのことにより、彼女自身の母親像が変わることで、色々あったが父親も変わったからだ。


我々は、全て繋がっている。
そして別々なのである。


僕には愛がある。
誰もがそうだ。

人間には、それぞれの愛があり、喜怒哀楽がある。
出来た人間など、この世にはいない。

人には、上も下も無く。
偉い奴も偉くない奴もいない。
人には、それぞれの違いがあるだけだ。

僕は、その違いを大切にしたい。
違いを大切にすることで、それぞれが繋がれるのだから。

ダメ人間でも。
人格が出来ていないと言われても良い。
レベルの低い能力者でも構わない。

我、木石(ぼくせき)に在らず。
他人も自分も、自分らしくあることを大切にしたい。


僕の元から、多くの者が去り行き。
しかしそう思っていても、青い太陽の9人の分身の技術に同じく、また多くの者が集まって来る。
人は減るどころか、人が去ればそれ以上に人は増えるのだ。

どんなに孤独を愛しても、僕は一向に孤独にはなれない。

不思議な話である。自分の気持ちとは裏腹に、周りの状況は変化しているのだ。
人間には、本音と立て前があり。どこまでも、心の奥底までそれは続く。

多分、僕の本音は人を寄せ付けてしまうようだ。

青い太陽では、外側の現実こそが、深層意識の現れだと、技術は教えている。

この深層意識までも、更にその裏があると言う4極性。
深層意識の裏側を知るよりも、現実を見た方が早そうだ。
だが僕は、何度も深層意識の裏側を見たことがある。

ある、青森のホモの会員が、青い太陽を所払いになった原因はセクハラだった。

それよりも以前の話なんだが。
青い太陽の分裂騒動が起きた時の話。
これは、オチョボ稲荷と呼ばれる動物霊が、ある東北の会員に憑依し、青い太陽に分裂を起こしたと言うのが、分裂騒動の一つの原因でもあった。

この、オチョボ稲荷に憑依された会員は、最終的には約三十名程に達しっただろうか?
一人の憑依が、更に飛び火した訳だ。

霊視したところ、約三十名の会員は雨の中、真っ暗な雑草の生え繁った地面に正座をしている。
会員たちの向く先には、古びた神社。
屋根はかろうじてあるが、今にも崩れそうな雰囲気である。
その神社に居るのは、神ではなく、低級な動物霊であった。

何故、青い太陽の会員が、こんな低級霊に騙されているのだろう?
僕はそう思い、彼らの視点での霊視をして見た。
すると驚いたことに、彼らが見ているモノは、黄金に輝く清らかな神社で、そこには巨大な鏡があった。
神々しい、神の姿を彼らは見せられていたのだ。

彼らは完全に騙されている。
本当の姿は、暗闇で雨の降る中、彼らは寒さも忘れて何かを貰おうと祈願し、その一人ひとりに動物霊が印を付けていたのだった。

だが、彼らの表層意識は、そんな闇の神社のことは知らない。
勿論、輝く神社の姿も彼らの意識には無いのである。
これは全て、彼らの霊界での憑依の有り様であった。

彼らの意識が見ているのは、ただ単に青い太陽の分裂しか見えていなかった。

そんな訳で、青い太陽は分裂し、多くは動物霊の配下に落ちて居なくなったが、僕は更に多くの人たちを集めることになってしまった。
心の裏側とは、本当に不思議な世界である。

でまあ、セクハラで所払いになった青森の会員であるが。この会員が何故そのような処分を受けたのか?誰も聞かないので言っていないが、ここでその理由について話しておこう。

セクハラと言ったが、セクハラそのものが原因ではなく、セクハラをやってしまう。心癖が原因であった。

青い太陽では、認知的不調和の霊障と呼ぶ、霊障の種類がある。
この霊障は、極めて深く現実を悪く変えながら、症状を悪化させ。または自念霊という生霊にも分類されている。強力な霊障だ。

認知的不調和の霊障とは、俗に言う霊媒体質と呼ばれる人たちに多く見られ。彼らは自分の霊媒体質を上手く理由を付けて、楽な人生を選んでいる。

簡単に言うと、仕事をしたくないと感じると、急に憑依されて具合が悪くなる。
何かの責任を取らなければならない場面になると、生霊に邪魔されたと言って責任から逃れる。
ある時は霊媒師になって信者を集め、都合が悪ければ霊能力者じゃありませんと言う。

これが、認知的不調和の霊障に多く見られる特徴で。要するに、自分の都合で憑依されたり普通の人になったりを繰り返すのだ。

そして、この症状は、自分の自覚無しに起こるから質が悪い。
憑依されたくなくても、都合が悪くなったら、急に憑依されてしまう。
学校に行きたくない子供が、朝になると本当に原因不明の腹痛になるのと同じ理屈である。

さて、そのセクハラの会員の話なのだが、その会員は男性である。
男性なんだが、ホモでもある訳だ。
ホモでありながら、女も愛せる都合が良い性癖。
自分の都合で、男になったり女になったりする。

これは、よく同性愛者に見られるモノだが、自分の好きな男に抱き付いていたら、それは不味いでしょう。
実際、それを青い太陽の合宿で彼はやった。

もしもここで間違いがあって、抱き付かれた男性会員が、合宿から帰り、その奥さんから、うちの旦那は合宿から帰ったら、最近ウンコが太い、慈愛さん責任をと言われても、僕は責任を取ることが出来ない。

皆さん、笑うかも知れませんが、事実そのセクハラ会員は、好きな男をホモに変える力を持っているのだ。

認知的不調和の霊障の話をしたが、これは自分自身を霊媒体質にするだけでなく、周りの人たちも同じように霊媒体質にしてしまう。
例えば、周りの人たちを霊媒体質に変えて、自分がその人たちの霊的指導者になり、教祖になる霊能力者も実際にはいる。
自分の都合の良いように、無意識に他人に対しても、その能力を使うんだ。

だが、その人たちの気持ちは、好きで憑依されているのでは無いし、好きで教祖になった訳でもない。

冒頭で、僕自身も本来は孤独を愛しているのに、集まる人が減らないと言っているが、これが認知的不調和によるものではないとは言い切れないのである。
だから、自分の気持ちをコントロールする必要がある訳だ。

何故なら、認知的不調和は、自分を制御出来ず。
自分の弱い気持ちが引き寄せる現象だからである。

人間の深層にある脳は、他人と自分の区別が出来ない。
社会のルールが守れなかったり、人の言うことが聞けない人間は、同じように、自分の気持ちも制御が出来ないのだ。

そして、自分の楽な方を無意識に選び、認知的不調和を引き起こす。
自分では、ダメとわかっていても、自分の潜在意識は日頃からの本人のルールを守らない行動に従って、自分の意思の通りに動かない。

ある時は男になり、ある時は女になる。
ある時は、若僧で弱い自分になり、ある時は、大人として偉そうに他人に接する。
そのセクハラ会員も、そんな所があり、それはまた自分だけでなく、他人をも巻き込んだ。

こうならない為に、青い太陽では設定のトレーニングを怠らない。
設定の研鑽で、自然に自分の中に命令に従う思考回路を、脳に養うのだ。
この研鑽方法を学んだ会員は、研鑽に従い、自分の行為に嘘が付けなくなる。
面倒くさい事柄があっても、楽を選べずに、意思に従って仕事をこなせるようになる。

だから、青い太陽を研鑽していれば、自然に自分の命令に従うようになり、社会のルールに従いたくなってしまう。
楽をするよりも、意思に従った生き方が、自分にとって正直だと感じるようになるからだ。

その、セクハラ会員は、ちゃんと研鑽していたはずなのだが、元々の認知的不調和の霊障が酷く。上手く行かなかったんだと思う。
誰のせいでも無く。
うちに入会する前から、認知的不調和の霊能力を持っていた。
これを克服することは、とても大変だったと思う。

霊障が酷く仕事にも行かず。家族には自分を殿様と呼ばせ、大人になっても母親と寝ていた。
そして、偉そうに振る舞ったり、都合が悪くなったら、弱くてマザコンの小僧になったりを繰り返す。
そんなことが続けば、当然青い太陽でも問題が起きる。
注意をすれば、生霊を飛ばして他の会員に影響を与える。

僕が見たのは、生霊になった彼が、大きく首を振っている様子。
多くの善霊に押さえ付けられていたが、首を振るごとに様々な霊的能力を飛ばしていた。
これらは全て、青い太陽の術ではない。
彼が全く違う技術を研鑽していたか、元々持っていた能力だったのだろう。
印象深かったのは、ピンクの仏像と式神であった。
こんな技術は、青い太陽には無い。

ピンクの仏像は、彼の守り神的存在で、彼の命令に従って、他人と霊能力で対峙する動物霊だった。
式神は、彼の意思を直接他人に飛ばして、憑依させて、都合よく他人を操っていた。

もし、この能力が、彼の意思で使っていなかったとしたら、大変なことである。彼は、その能力の存在を知らないだろう。

オチョボ稲荷に憑依された。分裂騒動の会員と同じく、知らないうちに、自覚無く動かされてしまう可能性があるのだ。

使った能力で、印象深かったのは、他にもあった。
それは、認知的不調和からなされた。他人への霊障である。

それは、同じ青森の女性会員に起きていた。

その女性会員には、三体~六体のドクロが頭と肩、背中に憑依していた。
ドクロに聞くと、その女性会員を殺すと言っている。

殺すと言っても、そのドクロたちは低級霊で、そんな力は無い。
「お前たちは、送った本人の元に帰れ」僕はそう言ったが、ドクロたちは「?」という返事である。

僕は、そのドクロたちが低級だった為に、セクハラ会員が送った式神だと勘違いしていたが、そうでは無かった。
これは、彼が認知的不調和から起こした現象だったのだ。

彼に取っては、その女性が憑依され、不幸で無いと都合が悪いようだ。
自分の配下に置くために、彼女を不幸にしておく必要があったのかも知れない。

僕は、そのドクロを引き離し徐霊したが、他人の都合で起こされる霊障を見て、僕とても彼女の将来が気の毒に思った。
僕が引き離しても、その女性が弱ければ、また常に憑依され続けてしまうからである。

そして、所払いの理由であるが。
それは、一旦収まった彼の認知的不調和が、また発生したからである。

ある、女性会員のコメントに、イイネを繰り返し付け始めた。
彼女に対しての集中的なイイネではあるが、これはピンクの仏像が、彼女に狙いを定めたという暗示でもあるし、またセクハラの彼が元気になり、自分を制御出来なくなっている証拠であったのだ。
また、認知的不調和が起きている。

セクハラの会員。
ホモだけど、とても良い奴だった。
でも、これ以上、犠牲者を出せない。
そう感じて、泣く泣く彼を所払いとしたという訳だ。


真実は孤独なり。

これは、誰にも見えない世界の出来事だったのかも知れない。
しかし、こういった見えない世界は、ここにもあるのだ。


人間は、人間である。
獣では無い。
一つの想い。
一つの感情がある。
そして誰もが無限の力を持っている。
自分という、一つの存在価値を大切にしなければ、能力は思わぬ方向に自分を導いてしまうだろう。

どんなに能力があっても、自分をコントロールする意思が一番大切なんだと僕は思う。

この問題に関わった会員たち。
どうか、これからも研鑽を怠らず。
しっかりと生きて行ってほしい。



万能一心

ある男がおりまして。
今から3年前の話なのですが。
まあ、その男の車が壊れた訳なのです。

車が無いと大変ですよ。
仕事に行けないですし。

そんな訳で、僕の車を差し上げました。
困っている時はお互い様ですから、その車は僕も気に入ってますので、気に入っているからこそ、差し上げることに意味があるじゃないですか。

ところが、彼から全くお礼の言葉はありません。
勿論、お礼が欲しくて差し上げた訳じゃないし、それは構わないですよ。
でもね、3年経っても、何故か名変をしてくれないのです。
早く名変をしてほしく、書類は揃えたし、それでもこの3年、全く名変をしてくれません。

何を言っても、その場しのぎの返事ばかりで、一向に名変をする様子が無い。
こんなことなら、いっそ車など差し上げることなどしなければ良かった。

だがしかし、男が一旦出したモノ。
返してもらう訳にも行きません。
名変しない車を乗られ、何があろうが、自分の責任として、それを受け入れるのが男としての筋では無いだろうか?

全てが自分が出した結果であり、誰のせいでも無いのである。

話は変わりますが、去年は青い太陽の十周年の交流会がありました。
この交流会、十周年に相応しく、想い出深い交流会となりました。

文句無し、過去最低の交流会であり。
また、過去最高の交流会でもあった。

この十年間、様々なことがありました。
入会者には、無料で僕の超能力を伝授して来た。
惜しまなく、僕の技術を提供して来ました。
無料だからこそ、様々な人が入会し、無料だからこそ、各自の人生の縮図が現れて来たと思います。
この十年間。
その答えが、この交流会で見ることが出来ました。

この十年、僕には万感の思いがある。
今、まさに、会員に伝えたい言葉は山程ある。
だがしかし、そんな思いを会員に伝えることも出来ず。僕の挨拶抜きに交流会はスタートしたのだった。

僕は、万感の思いを、会員に一切挨拶出来ませんでした。

誰も、僕の言葉など聞く雰囲気では無く。
十年間、慈愛さんお疲れ様ですの言葉も無く。
会員は、代わりに、自分達の主張を話していました。
それがとても楽しかったのです。

その筆頭が、神奈川の会員の言葉。
十年間の青い太陽の修行を感謝していたのは、青い太陽とは全く関係無い、過去の恩人への感謝の言葉でした。

涙ながらのその言葉に、他の会員も涙してましたよ。

我々に、全く関係無く、知らない人なのに…

これは、ある意味で僕も泣けましたよね。

何処ぞのエセを崇拝するのは、個人の自由でありますが、青い太陽の修行って、彼らにとっては、そんなことだったのか?
僕が心底、彼らに向けてやって来たことを、僕の前で他人に感謝されていたのだら、僕も悲しむ気持ちもわかるでしょう?

交流会が終わり、その会員が、交流会スタッフに言った言葉は、僕も片腹痛かった。

何と言ったと思いますか?

何で慈愛さんへの花束贈呈も無かったんだ?
私らは、折角の十周年、慈愛さんに感謝したかった。
だって。
(笑)

以前、彼らが慈愛さんのお陰でと、泣きながら言った言葉が全部嘘だったと、さっき暴露したばかりの同じ口で、よくそんな口が聞けたモノだと、流石の僕も感心してしまいました。
(笑)

青い太陽に、全く関係無い人に、青い太陽を感謝しておいて。
どんなに出来損ないでも、これは青い太陽の交流会なんです。
仲間に感謝をしなければならないのでは無いでしょうか?

先程も言いましたが、どんなエセを崇拝し、それに感謝しようと本人の自由です。
ですが、この十年間、僕が心身を削って会員に伝えて来たのは、そんな安っぽいことではありません。

真の自由自在性、究極の自己表現を伝えて来ました。
確かに、青い太陽には技術しか無く、教えはありません。ですが技術の中に教えはあるのです。

それは、青い太陽では、悟りは頭の中では無く、表現にあるのだと言っていた訳ですよね。

世の中に、素晴らしい教えは、沢山ありますよ。
でも、殆どが頭の中の知識なのです。
誰かに洗脳されて得た教えは、頭の中に落ちるでしょう。
しかし、その頭の中に落ちた教えは、外の世界に影響するとは限らないのです。

一旦、洗脳されて頭に落ちた教えは、頭にインプットされてしまいます。
そして、何かの経験に従い、その教えにそって人は学び、頭の中で解決してしまいます。

頭の中で、解決して終わり。
それが本当に悟ったことになるのでしょうか?
同じモノが、外側にも変化が起きていなければ、実は頭の中でも解決してません。

自分の現実は、何も変わらず。
誰かの洗脳で人を裁き、自分がそれを知っていることで、学び悟った気がしているだけなのです。

内側で、本当に学び悟ったならば、外側にも同じ現象が起きていなければ、それは頭の中だけ解決したと思い込んでいるだけなのだ。

つまり、頭の中で何を学んでも。
実際の現実が学びと違う状態にあれば、それは何も学んでいないということなのです。

ですから、スピリュアルの人は、偉そうに綺麗事を言いながら、職場や家庭での人間関係がメチャクチャの輩が多いんですよ。

これは、崇拝者の洗脳を受けた多くのスピオタによく見られ。
他人の考え方で生きている証拠とも言えるだろう。
頭の中だけで悟った気持ちで生きている為に、現実を見ずに、やがて現実から離れた生き方を選ぶ人は多い。

僕は、青い太陽ではそうならない為に、洗脳にならないよう、とても注意をして指導をし、技術そのものは現実と思考が繋がるように、研鑽方法を考えて来ました。

我々に起こる現実こそが、今の自分の境地であり。
魂の成長の度合いなのである。
常に今、心の中の悟りは、外側に現象化しているのだ。

教えも悟りも、内側には無く。
常に外側にあるモノだと青い太陽では考えて来た。


身の回りに起こる、今の現実こそが、我々の内側の全てなのですよ。
ここを変える教えや修行でしか、本来の自分の悟りは有り得ません。

青い太陽は究極の自己表現。それを伝えて来ました。
心と現実が繋がっていることが、全てなのです。

青い太陽では、外側と内側をエネルギーで捉え、内側を調整することにより、外側の現実を調整することを学んでいます。

青い太陽5進エネ記数法という。心の調整法がありますが、これで外側の現実は、完全に同調します。

これは、心を4等分に分けて、5段階で思考の調整に導きます。
これにより、外側の現実は、5進エネ記数法で知ることが出来、現実の調整をも可能になります。

これで考えてみますと、僕は何故に十周年の交流会で、そんな思いをしなければならなかったのか?がよくわかります。

その会員は、僕に何かをして貰う時だけ感謝していました。
でも、実際には、僕への感謝では無く、全く他人に感謝をしていて、僕の立場を無視して、日頃から会員や僕の前で、青い太陽以外のスピオタネタを話してました。

その会員以外の会員もそうです。

僕の十年間の思いに、耳を傾けませんでした。
日頃から、コミュでの僕のコメントには、皆さん決まって返さない。
僕は、コミュでのコメントは、入れるのにためらいます。
僕がコメントをすると、会話が止まるからです。
僕がコメントを入れますと、それには皆さん返しませんね。
僕は、返されない人です。
それに、技術以外、僕から受け入れたくないようです。

受け入れない。
何も返しません。

十周年の交流会で、僕が一番良かったのは、僕自身が受け入れられず。感謝されないことに対し。
そういった会員たちに対し、僕自身も何も感じなかったことです。

青い太陽、十年間やって。
僕は、何の見返りも求めていなかったことに、初めて気付きました。

何の見返りも求めていない。
それはそれで素晴らしいです。
ですが、何かが足りない訳ですよ。
現に、何も進歩してない気がします。

青い太陽5進エネ記数法に当てはめてみますと。
僕も感謝してないことになります。

他人に見返りを求めない分。
僕も皆さんに与えたモノが少なすぎた。

何の見返りも求めていない。
でも、進化を望めば、それだけでは絶対ダメなんですよね。

車を差し上げた男は、僕に感謝をしませんでした。
そして、感謝どころか、3年経った今でも、税金の請求書は僕に届きます。
よく考えたら、今、僕が乗っている何台かの車も、会社名義なんです。

僕は社長ですから、会社名義の車を何台乗っていても、誰も文句は言いません。
僕も、会社に対しても感謝をしてませんでした。

でも、会社は、法的には株主のモノであり。
社員や下請けがいて成り立つものであります。
社長だからと言って、皆さんに感謝しなければ、成長は無いと思います。
その男は、僕の心の姿でした。

青い太陽も、何の見返りも無く。
無料で超能力を伝授している為に、僕自身も会員に対しての感謝を忘れていたと思います。

だから、して貰った時だけ有り難うと言って、本音の感謝は別の人にしてしまう会員が出て来たと思うんです。

皆さん、僕には何も返したくない。
例えコメントさえも。
これは、僕が皆さんへの感謝不足が原因でしょう。

僕は、青い太陽の十周年では、とても多くを学ぶことが出来ました。
十年間やって、今は本当に会員たちへの感謝を知ったと思う。
彼らの存在が、僕にはとても有り難く感じています。

見返りを求めない分。
皆さんを見ていなかったんだと思う。
反省しています。


人は、何かを学び、その教えが素晴らしく、府に落ちたら自分の知識となる。
それがエセの洗脳でも、素晴らしい教えだったらそれで良いでしょう。
ですが、それが自分のモノになっていなければ、現実は変わらない。

何故なら、心の世界と現実は確実にリンクしているので、素晴らしい教えも自分のモノで無ければ、現実は何も変わらないのである。

だから、現実に影響を与えるモノで無ければ、本物の教えを学んだとは言えないのだ。

本物の教えとは、現実に影響を与えてるはずです。
現実に影響を与えていないものは、洗脳を含めて嘘っぱちの綺麗事である。


見返りを求めないだけではダメ。

我々は対等な世界。
見返りを求めないのは、当たり前なことで、肝心なのは感謝を持つことです。

見返りを求めない考え方は設計図。
感謝はエネルギー。
感謝が無ければ、発展はないのである。

感謝は、受け入れると同時に、進化を促すエネルギーなのである。


青い太陽の十周年。
自分が如何にダメだったかが、よくわかりました。
次の十年こそ、思い切り飛躍していたい。
今、いる仲間、一人も漏れることなく、一緒にいたいと思います。