ある男がおりまして。
今から3年前の話なのですが。
まあ、その男の車が壊れた訳なのです。
車が無いと大変ですよ。
仕事に行けないですし。
そんな訳で、僕の車を差し上げました。
困っている時はお互い様ですから、その車は僕も気に入ってますので、気に入っているからこそ、差し上げることに意味があるじゃないですか。
ところが、彼から全くお礼の言葉はありません。
勿論、お礼が欲しくて差し上げた訳じゃないし、それは構わないですよ。
でもね、3年経っても、何故か名変をしてくれないのです。
早く名変をしてほしく、書類は揃えたし、それでもこの3年、全く名変をしてくれません。
何を言っても、その場しのぎの返事ばかりで、一向に名変をする様子が無い。
こんなことなら、いっそ車など差し上げることなどしなければ良かった。
だがしかし、男が一旦出したモノ。
返してもらう訳にも行きません。
名変しない車を乗られ、何があろうが、自分の責任として、それを受け入れるのが男としての筋では無いだろうか?
全てが自分が出した結果であり、誰のせいでも無いのである。
話は変わりますが、去年は青い太陽の十周年の交流会がありました。
この交流会、十周年に相応しく、想い出深い交流会となりました。
文句無し、過去最低の交流会であり。
また、過去最高の交流会でもあった。
この十年間、様々なことがありました。
入会者には、無料で僕の超能力を伝授して来た。
惜しまなく、僕の技術を提供して来ました。
無料だからこそ、様々な人が入会し、無料だからこそ、各自の人生の縮図が現れて来たと思います。
この十年間。
その答えが、この交流会で見ることが出来ました。
この十年、僕には万感の思いがある。
今、まさに、会員に伝えたい言葉は山程ある。
だがしかし、そんな思いを会員に伝えることも出来ず。僕の挨拶抜きに交流会はスタートしたのだった。
僕は、万感の思いを、会員に一切挨拶出来ませんでした。
誰も、僕の言葉など聞く雰囲気では無く。
十年間、慈愛さんお疲れ様ですの言葉も無く。
会員は、代わりに、自分達の主張を話していました。
それがとても楽しかったのです。
その筆頭が、神奈川の会員の言葉。
十年間の青い太陽の修行を感謝していたのは、青い太陽とは全く関係無い、過去の恩人への感謝の言葉でした。
涙ながらのその言葉に、他の会員も涙してましたよ。
我々に、全く関係無く、知らない人なのに…
これは、ある意味で僕も泣けましたよね。
何処ぞのエセを崇拝するのは、個人の自由でありますが、青い太陽の修行って、彼らにとっては、そんなことだったのか?
僕が心底、彼らに向けてやって来たことを、僕の前で他人に感謝されていたのだら、僕も悲しむ気持ちもわかるでしょう?
交流会が終わり、その会員が、交流会スタッフに言った言葉は、僕も片腹痛かった。
何と言ったと思いますか?
何で慈愛さんへの花束贈呈も無かったんだ?
私らは、折角の十周年、慈愛さんに感謝したかった。
だって。
(笑)
以前、彼らが慈愛さんのお陰でと、泣きながら言った言葉が全部嘘だったと、さっき暴露したばかりの同じ口で、よくそんな口が聞けたモノだと、流石の僕も感心してしまいました。
(笑)
青い太陽に、全く関係無い人に、青い太陽を感謝しておいて。
どんなに出来損ないでも、これは青い太陽の交流会なんです。
仲間に感謝をしなければならないのでは無いでしょうか?
先程も言いましたが、どんなエセを崇拝し、それに感謝しようと本人の自由です。
ですが、この十年間、僕が心身を削って会員に伝えて来たのは、そんな安っぽいことではありません。
真の自由自在性、究極の自己表現を伝えて来ました。
確かに、青い太陽には技術しか無く、教えはありません。ですが技術の中に教えはあるのです。
それは、青い太陽では、悟りは頭の中では無く、表現にあるのだと言っていた訳ですよね。
世の中に、素晴らしい教えは、沢山ありますよ。
でも、殆どが頭の中の知識なのです。
誰かに洗脳されて得た教えは、頭の中に落ちるでしょう。
しかし、その頭の中に落ちた教えは、外の世界に影響するとは限らないのです。
一旦、洗脳されて頭に落ちた教えは、頭にインプットされてしまいます。
そして、何かの経験に従い、その教えにそって人は学び、頭の中で解決してしまいます。
頭の中で、解決して終わり。
それが本当に悟ったことになるのでしょうか?
同じモノが、外側にも変化が起きていなければ、実は頭の中でも解決してません。
自分の現実は、何も変わらず。
誰かの洗脳で人を裁き、自分がそれを知っていることで、学び悟った気がしているだけなのです。
内側で、本当に学び悟ったならば、外側にも同じ現象が起きていなければ、それは頭の中だけ解決したと思い込んでいるだけなのだ。
つまり、頭の中で何を学んでも。
実際の現実が学びと違う状態にあれば、それは何も学んでいないということなのです。
ですから、スピリュアルの人は、偉そうに綺麗事を言いながら、職場や家庭での人間関係がメチャクチャの輩が多いんですよ。
これは、崇拝者の洗脳を受けた多くのスピオタによく見られ。
他人の考え方で生きている証拠とも言えるだろう。
頭の中だけで悟った気持ちで生きている為に、現実を見ずに、やがて現実から離れた生き方を選ぶ人は多い。
僕は、青い太陽ではそうならない為に、洗脳にならないよう、とても注意をして指導をし、技術そのものは現実と思考が繋がるように、研鑽方法を考えて来ました。
我々に起こる現実こそが、今の自分の境地であり。
魂の成長の度合いなのである。
常に今、心の中の悟りは、外側に現象化しているのだ。
教えも悟りも、内側には無く。
常に外側にあるモノだと青い太陽では考えて来た。
身の回りに起こる、今の現実こそが、我々の内側の全てなのですよ。
ここを変える教えや修行でしか、本来の自分の悟りは有り得ません。
青い太陽は究極の自己表現。それを伝えて来ました。
心と現実が繋がっていることが、全てなのです。
青い太陽では、外側と内側をエネルギーで捉え、内側を調整することにより、外側の現実を調整することを学んでいます。
青い太陽5進エネ記数法という。心の調整法がありますが、これで外側の現実は、完全に同調します。
これは、心を4等分に分けて、5段階で思考の調整に導きます。
これにより、外側の現実は、5進エネ記数法で知ることが出来、現実の調整をも可能になります。
これで考えてみますと、僕は何故に十周年の交流会で、そんな思いをしなければならなかったのか?がよくわかります。
その会員は、僕に何かをして貰う時だけ感謝していました。
でも、実際には、僕への感謝では無く、全く他人に感謝をしていて、僕の立場を無視して、日頃から会員や僕の前で、青い太陽以外のスピオタネタを話してました。
その会員以外の会員もそうです。
僕の十年間の思いに、耳を傾けませんでした。
日頃から、コミュでの僕のコメントには、皆さん決まって返さない。
僕は、コミュでのコメントは、入れるのにためらいます。
僕がコメントをすると、会話が止まるからです。
僕がコメントを入れますと、それには皆さん返しませんね。
僕は、返されない人です。
それに、技術以外、僕から受け入れたくないようです。
受け入れない。
何も返しません。
十周年の交流会で、僕が一番良かったのは、僕自身が受け入れられず。感謝されないことに対し。
そういった会員たちに対し、僕自身も何も感じなかったことです。
青い太陽、十年間やって。
僕は、何の見返りも求めていなかったことに、初めて気付きました。
何の見返りも求めていない。
それはそれで素晴らしいです。
ですが、何かが足りない訳ですよ。
現に、何も進歩してない気がします。
青い太陽5進エネ記数法に当てはめてみますと。
僕も感謝してないことになります。
他人に見返りを求めない分。
僕も皆さんに与えたモノが少なすぎた。
何の見返りも求めていない。
でも、進化を望めば、それだけでは絶対ダメなんですよね。
車を差し上げた男は、僕に感謝をしませんでした。
そして、感謝どころか、3年経った今でも、税金の請求書は僕に届きます。
よく考えたら、今、僕が乗っている何台かの車も、会社名義なんです。
僕は社長ですから、会社名義の車を何台乗っていても、誰も文句は言いません。
僕も、会社に対しても感謝をしてませんでした。
でも、会社は、法的には株主のモノであり。
社員や下請けがいて成り立つものであります。
社長だからと言って、皆さんに感謝しなければ、成長は無いと思います。
その男は、僕の心の姿でした。
青い太陽も、何の見返りも無く。
無料で超能力を伝授している為に、僕自身も会員に対しての感謝を忘れていたと思います。
だから、して貰った時だけ有り難うと言って、本音の感謝は別の人にしてしまう会員が出て来たと思うんです。
皆さん、僕には何も返したくない。
例えコメントさえも。
これは、僕が皆さんへの感謝不足が原因でしょう。
僕は、青い太陽の十周年では、とても多くを学ぶことが出来ました。
十年間やって、今は本当に会員たちへの感謝を知ったと思う。
彼らの存在が、僕にはとても有り難く感じています。
見返りを求めない分。
皆さんを見ていなかったんだと思う。
反省しています。
人は、何かを学び、その教えが素晴らしく、府に落ちたら自分の知識となる。
それがエセの洗脳でも、素晴らしい教えだったらそれで良いでしょう。
ですが、それが自分のモノになっていなければ、現実は変わらない。
何故なら、心の世界と現実は確実にリンクしているので、素晴らしい教えも自分のモノで無ければ、現実は何も変わらないのである。
だから、現実に影響を与えるモノで無ければ、本物の教えを学んだとは言えないのだ。
本物の教えとは、現実に影響を与えてるはずです。
現実に影響を与えていないものは、洗脳を含めて嘘っぱちの綺麗事である。
見返りを求めないだけではダメ。
我々は対等な世界。
見返りを求めないのは、当たり前なことで、肝心なのは感謝を持つことです。
見返りを求めない考え方は設計図。
感謝はエネルギー。
感謝が無ければ、発展はないのである。
感謝は、受け入れると同時に、進化を促すエネルギーなのである。
青い太陽の十周年。
自分が如何にダメだったかが、よくわかりました。
次の十年こそ、思い切り飛躍していたい。
今、いる仲間、一人も漏れることなく、一緒にいたいと思います。