今回は2日間の予定


日曜の今日


ある思いがあった







8月から通ってきた岩手



順調に活動が進んだ上長部の復興祭り



ハードな活動が進む一方で

今後の活動の事を考えていた



いずれハードな活動は無くなっていき、ソフトな活動が中心になっていく


東北での活動は冬の雪に左右される


同時に、福島の炊き出しに参加してから、他の被災地の状況を知らないでいる自分に疑問を感じていた




雪が降る前に他の被災地に入りたい!




今、この目で各地を見て起きたい!





最近、そんな思いから他の被災地、他のボランティアセンターの現在を調べていた



今の現状は活動の終了や県外ボランティアの受け入れを終了する所が多かった



その中で宮城、福島のボランティアセンターを見付けた



宮城は南三陸町


ボランティアセンターのスケールも大きく、復興チームの次の活動場所の候補もとの話もあった所




もう一方福島は南相馬


ここのスケールは小さく活動人数も少ない



月一の炊き出しで福島の方と触れ合ってから
福島での活動を俺は強く望んでいた


今の被災地、そして原発の被害をもっと知っておきたかった




今日は遠野での活動はせず、二つのボランティアセンターを訪ねる事にした




みちのく一人旅






遠野を出て沿岸部に向かう


釜石から南下




陸前高田から気仙沼




この先、宮城からは初めて訪れる地





海沿いから山間


小さな湾から広い湾



地形の形状から被害の違いが解る




港を無くした地域の打撃は大きいが


町の中心部が高台だったり被害が少ない地域は、町そのものの復興が早い、そんな印象をうけた



それに仮設の橋も多く架けられていたが、まだまだ迂回しなければならない道も多かった




買いなおした車に付いていたナビは、型が古く反応も遅く、いま一つ調子が悪い


迂回や位置が替わった道に振り回される







昼頃に南三陸町に着いた




大きな体育館等の施設を抱えた広い敷地に

災害対策本部に仮町役場があり


広い駐車場に大きなカマボコ型のテントのボランティアセンター



仮設の作りではあるが、充実したボランティアセンターなのが解る



中に入り、ボランティア登録や現在の活動状況

スタッフの方に少し話を伺った





高速を使わず被災した沿岸部を走ると、想像してた以上の時間がかかっていた






福島に入り6号線を行く




津波の被害の無い少し内陸部の町の国道には、大型店が並び日曜の午後の混雑が始まってる




日のあるうちになんとか南相馬に着きたかった




町の賑わいが無くなり交通量も減り軽快に走り出す





相馬までたどり着いた





道の駅でしばし休暇



この先の通行止めが表示されていたが、土地勘の無い俺にはピンとこない




地元の物産を物色してから再出発



南相馬まで後少し







程なく突然の通行止め



斜めに伸びる道に迂回





小高い土地を超えると原町の中心部に出た





目的まで後わずか!






住宅街に入り、黄色い児童センターに着いた




目的地のボランティアセンター





時間はもうすぐ5時




センターには人けが無いが、中に入ってみる




やはり誰も見当たらない




しばらくして奥から一人の男性が出て来た




『すいません!』



『なんでしょうか?』




ここでの活動を希望すると話してるうち、その方の反応から、ここのスタッフでは無い事を直感した





このボランティアセンターのスケールを感じると、どうしてもここで活動をしたい気持ちでいっぱいになり


とっさに今週の予定を思い浮かべて週末前に活動したいと伝えた




『では伝えておきます!』



『よろしくお願いします!』



そう言って車に戻る




入れ替わりに活動を終えたボランティアさんが戻ってきた




お疲れ様と声を掛け合いセンターを後にした





ここは本体 南相馬のボランティアセンターの出張所



本体の判断次第だが、今月11月いっぱいは活動するとホームページにあった



作れる時間目一杯にここの活動に参加したい


そんな気持ちだった





今日の目的を果たし東京へ戻る



知らない土地でナビの案内通りに走る





薄暗くなった6号線に戻ると前方に赤灯が見えた



20㌔の立入禁止地点




迂回路の案内の無いままに右折した





畑の拡がる農村と言った道


程なく行くと道路脇に人だかり




ホースを手に水を撒く人達



除染活動の方々だった



3班に分かれて高圧洗浄機で道路と塀を洗い流していた



車で通り過ぎる一番先の班は、消火栓から直にホースを繋いでいた




おそらく地元の消防団か





福島での活動として除染ボランティアを気にしていたせいか、通りすがる瞬間に緊張が走った




その先のT字路にぶつかり左折



辺りが一気に暗くなった気がした




なんとなく胸騒ぎ





辺りの異変を感じた


日が落ちて来てるのは解るがそれだけでない


住宅があるのに、見渡す限りに明かりがない




遠くに自動販売機だけが輝いている




国道を曲がってから除染活動をしていた方々以外にまだ誰も見ていない




急に不安になり引き返す



先の交差点を一台の車が右に横切った



ナビは左折を表示する




左から車が来るのを確認、左折した



しばらく走ると下り坂の先にハイビームに光る物が見える





[この先通行止め]




狭い坂道でなんども切り返して方向転換




少し動揺してる自分



そのまま車を止めてナビを確認した



一体今自分が何処に居るのか?



ナビを表示を広域に替える





画面下に福島第一の文字




ナビを合わせると[18.5㌔]とあった




もっと周りこまないと帰れないのか?



車を北に走らせた






ナビには内陸に向かう何本かの道があった



南に向かう事のない道を選んで曲がった




角にはコンビニがあり、その周りには家の明かり



少し気持ちを落ち着かせて帰り道を急いだ






道は山に向かって細く険しくなった




通り過ぎる看板にダムの文字



山越えして東北道に向かう




更に道は細くなった


ブラインドカーブが続く山道を飛ばす




するとまた反射板に急ブレーキ!!



[土砂崩れの為この先通行止め!]





また何度も切り返してのUターン






引き替えしてさっき見たコンビニに車を止めた





ボランティアセンターを出てから2時間



どの道を行っても、何度も同じ場所に出てしまう
昔観た映画を思い出した





ほとんどパニック状態↓





缶コーヒーを買ってタバコをくわえた



もう一度、ナビを見直した




センターの近くまで戻り北よりを回り込む道を見付けた



さっきと色が違う表示する道は少し広いはず




前後に走る車に安心しながら福島ICに向かった




さっきより広い道での山越え



それでもしばらくは辺りの家には明かりが無かった






次の国道にぶつかると高速の案内板があった


それを右折すると大型店が2軒



しばらくぶりの明かり


その先のトンネルを抜けると目の前に福島の夜景が見えた


やっと帰れる!







自分の知識情報の無さが身にしみた



そして今ここに途轍ない事が起きていると改めて知った…





………



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11月だと言うのに今年はまだ暖かい


週末の活動に備えて、仕事の置場から10本程の金槌と釘を用意



不慣れなソフト活動だけど、得意分野と言うより、指導して欲しいと頼まれた事に期待と不安が入り混じっていた





とにかく3週連続の遠野に向かった








朝のボランティアセンター



みんなにただいまとご挨拶




ソフト活動は仮設住宅で行うので午後の活動が多い



本日も9時に集合して参加する皆さんとオリエンテーションから始まった





参加者は年配の男性2名と女性2名




コーディネイターさんからの概要の説明から始まり、俺が紹介された



緊張しながら組立図を配り今回の縁台作りのサポートをお願いした





現物を見たいとの話から早速皆さんで積み込み開始



縁台のセットの他にカフェの用意もする



男性の参加が多いと想像出来るだけでなく、お母さん達も出て来てもらいたいコーディネイターさんの気配り





積み込みが終るともう一度館内の部屋に戻る



現地午後からの活動に合わせて時間調整を兼ねたオリエンテーションの続き




改めてコーディネイターさんから今回の詳細が説明された




今回の活動先の雇用促進住宅



これは建物の名称



震災前に老朽化と耐震性の弱さから解体が決まり、住民の立ち退きが始まった所に起きた震災



急遽、解体が中止されて被災者の仮設住宅に使われる事になった



建設の必要の無い高台の仮設住宅



ここに入居された方々は震災後かなり早い時期だった



避難所と比べて個室と言うプライベートな場所ではあったが、一番古い空部屋は数十年になるらしい



解体予定されたままに手を入れる事も無く、けして快適に環境では無かった





更には、立地の良さか見た目が団地の為か仮設住宅であるにもかかわらず
支援物資やボランティアが来る事も無かった




実際、陸前高田では50ヶ所からなる仮設住宅の全てを支援するのも難しかった



足湯も最近になってたどり着き、ここに住まわれる方に、けして見離したとか忘れてきた訳では無いと伝えたい



そんなコーディネイターさんの想いから今回の企画が生まれた






ワンボックスと軽乗用に乗り分けて陸前高田に出発した



俺はワンボックスの運転



陸前高田を自分で走るのは初めて



軽乗用を追いながら高田町に入って行く



9月にドブさらいに入っていた活動場所


その側溝の通りを右に上る


海を見下ろす高台にその仮設があった




それは高田町の活動の時にいつも避難場所の一つとして話が出る高台の建物だった



活動中、辺りを見渡すと必ず目に入る建物


東京で言うならば古い都営か市営住宅な外観




なんども見てたけど、まさかここが仮設住宅になっていたとは思いもしなかった





住民の方との時間まで、テーブルを出しカフェの支度や活動の準備



何人の方が参加してくれるのか


そんな気持ちで昼食を取った





時間を過ぎて町会長さんが来た



それから一人二人




町会長さんの方から
人数は少ないけど始めますかと、縁台作りが始まった




俺は町会長さんと組み、説明と先行しながら組立てる


2名の男性ボランティアさんが他の方のサポートに回る


女性ボランティアさんは、覗きに出て来たお母さんにカフェを振る舞う





手際よいと言うよりは少しせっかちな町会長さん



多少のズレは気にせずに、楽しそうに釘を打つ



他の方も初めて釘を打つらしく悪戦苦闘しながらも笑顔が見える





カフェや足湯には女性の方が多く参加する


男性はどうも女性のばかりの集まりと参加が少ないと聞いていた



意外と盛り上がってるこの木工教室は男の集まりかも知れない↑





建物のベランダ側


音を聞いてか、お母さんやお婆ちゃん

お爺ちゃんも出て来てくれた



町会長さんも外出から戻って来た方に声をかけてくれて参加者も増えてきた





先行の町会長さんの縁台は完成



俺は他の方を見て廻る




出来栄えはともかく皆さん夢中で作ってくれていた





一人のお爺ちゃんは女性の方(お母さん)とペアを組んで作ってる


どうやら俺は得意と腕自慢(笑)





8脚の縁台を皆さんが作り、残りの一つを爺ちゃんペア

もう一つは俺が作る事になった





用意した10セットを皆さんで作り上げ


早速、縁台に腰掛けカフェタイム




コーディネイターさんから、ここの住宅についての質問が
いつしか津波の話になった



町会長さんの他何人かは、この高台に逃げてきたと言う



『あの時は皆でそこのフェンスを乗り越えて、婆さんの足が上がらずに皆で押したり足持ち上げたり(笑)』



結局ここも20cmぐらい水が上がって来て更に裏の高台に避難したらしい




『あたしは首まで浸かった!』とお婆ちゃん



『結局流されて爺さんが泳いで捕まえるて来た!

でも気を失ったからあたしゃ覚えちゃねぇ!

気づいたらバスの中だった!』


(皆笑)




俺の隣に居た今日一番若い方は



『俺は屋上組だから大した事ないです…

会社の屋上に上がっただけだから(苦笑)』




『やっぱり年寄りは足が弱いから先に動くけど、○○さんは若いから、すぐ行くからなんて言ってたから流されたしな!』




皆さん完全に津波自慢?


しかも笑いながら?!







俺はただ引き攣った笑顔で固まっていた






俺が初めて陸前高田の仮設に来たのは8月



同じ方ではないけど



ここに居る方は辛かった話を笑い話にしてる





津波から8ヶ月




悲しい思いや、やり切れない気持ち




それを解決するのは

時間だけだと想った







俺達ボランティアはその手助けなんか出来ない



ただそれまでの時間の気休めになれば




改めて実感した






作った縁台を皆さんで脇に積み上げて
本日の活動は終了した






すっかり日が短くなった11月



太陽はもう山に傾いている



少し赤みをおびた陸前高田の町を見下ろしながらの帰り道






いろんな思いや考えで
頭の中はいっぱいだった…





………




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みんなを送った後



足湯のコーディネイターさんと来週の打合せをした




ボランティアセンターの喫煙場所の端にブルーシートを被された縁台キットを覗いてみた


中身は2種類


1セットづつになった物と、パーツごとに梱包された物



明日、明るい中でもう一度ひろげてよく確認する事にした





翌日の月曜日は最近設けられたボランティアセンターの定休日



この日はそれにぶつけて、遠野からは初めての山田町での活動が用意されていた





参加する皆さんを送り出しコーディネイターさんを待つ



1時間ほど経ってコーディネイターさんが到着



ボランティアセンターにことわり当日の下準備を一人で始めた





別々に梱包されてる物は
使い辛さからほとんど手をつけてないと聞いた




贈り主は四国の中学校だった



たぶん学校の授業の課題になった物で、この震災にと中学生達から贈られて来たようだ



仮設の皆さんと作る指導の予習の為に1セット作る事にした





4枚並べる天板には中学校の名前と彼らからのメッセージが書かれている



今回こちらを採用した事


彼らの気持ちを早く届けたいと思った





仮設の方から要求してもらったのは10セット



バラバラになった梱包を1セットづつに分けておく方が良いと思い、部材の梱包を外した


組み立てるだけのパーツは十数点



ひろげ出すと喫煙場所を占領してしまった





ボランティアセンターに人が少ない時間とは言え、かなり面倒な事を始めてしまったのかと気づいた






体育館に向かい、本日お休み中の陸前高田の隊長達に声をかけた



『ちょっとヘルプ!』




集まってくれた3人の隊長と梱包のし直し




必要な10セット以外もその後の為に全て梱包する事にした



二人でセットをひろい出し、後の二人が梱包する





俺の依頼に快く手伝う隊長達は、いつもとは逆の立場



冗談を言いながらの作業に少し呑気な友達との休日といった感じ



全部の梱包を終えて、更にはもう一つの高校からの縁台キットも使い易いように置き治した






ブルーシートをかけて作業完了すると、時間はちょうど昼になっていた






昼飯は餃子の美味い店に決まった



遠野に長い隊長達はそんな店をよく知ってる


早いと夕方の4時には餃子は完売するらしく
活動の後では隊長達も滅多に行けないらしい




街道や駅の方ではない、今まで行った事のない方角に向かう



その通り沿いには会社や工場、民家も列ぶが裏手には畑が広がる


大型店が列ぶ街道とは違う本当の遠野の風景な気がした



程なく行くと地元の定食屋と言った小さな平屋のラーメン屋さん


僅かにしか停められない駐車場に運よく停められた



昼時のテレビはいいともが映るなんとも普通な場面だが


ここは岩手県で一緒に居るのは他県から来た隊長達




最近、東京に居る時はいつもせわしなくテレビの前に居る事もない


そう思うとなんだか不思議な気分だった







そしてお待ちかねの餃子が登場!


評判通りの美味い餃子だった↑



みんなのオススメの辛いラーメンと腹はいっぱい!





ボランティアセンターに戻り少し昼寝してゆっくり帰る事にした





天気の良い今日は体育館の中も暖ったかなお昼寝日和


満腹にまかせてウトウトしだしたが…





気になる事を思い出したら急に目が冴えてきた!




縁台のもう一つは高校生が贈ってきた物

解りやすい組立図が付いている

一方中学生が贈ってきた縁台には、たぶん授業で使われたと思う木材の切断図一枚きり



初めての方に作らせるには心許ない




自分が説明する為にもとノートを取出し組立図を描いてみた


体育館の畳に寝そべり取り敢えずの一枚を描き上げた


一人起きていた隊長に見せてみた




『これいいぢゃないですか~!』



下書きのつもりが速採用!



すぐにコピーをとりセンターのスタッフに手渡された





こんなんでいいのかな!?





まぁでも次回の準備は出来た!





たまには時間を気にせずのんびりと東京に戻った…






………



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