※あくまでも神仏混交の私の私感です。
この世の中にはあらゆる宗教に「天国」と「地獄」が唱えられている。
この世で良い行いをすれば天国へ、悪い行いをすれば地獄へ落ちると言われているが、端的に言えばこの世に生きている我々は既に「地獄に落ちている」と言える。
「お金が欲しい」「彼氏彼女が欲しい」「名誉を得たい」などの仏教で言う108つの「煩悩」に常に苛まれ、子どもは学業、大人は仕事と言う苦行でしかない生業を強いられ、そして出会いと別れ、誕生と死別、そして己の死。この世で生きている事自体、「地獄」といっても過言でもない。
この「死」の瞬間こそ、地獄から天国へ昇天する瞬間だと言える。
99歳で亡くなった小説家・宗教家の瀬戸内寂聴は言った。「あの世はわいわいどんちゃん騒ぎ」と。 運命を全うして死すると、この世に生きた全てのものは天へ召し、同じ魂の集合体と共に再び地獄=この世へ輪廻転生する。
この世には「前世の記憶を覚えている」人が少なからず存在する。前世の記憶を覚えているのであれば、「このタイミングで自分が病気になる」「この歳になったら近親者が亡くなる」という記憶も残っていることになる。そうすれば未然にそんな運命を回避できる可能性も秘めている。今現在生きている運命と変わった運命を歩むために「生まれ戻る」=「輪廻転生」するのだと考える。
例えば、僕は36歳の時、父を胃がんで亡くした。発見したときは既にステージⅣで手の施しようのない状態で、余命1年3ヶ月と宣言された。
もし生まれ戻ってこの事柄を記憶の片隅で覚えていれば、1年前の35歳の時に「人間ドックを受けろ」と強く言ってがんを発見して助かっていたかもしれない。
「何を言っているんだ」「何を今更」と思われる方も多いと思う。しかしこれが真実であると信じれば、少なくとも今生きている地獄の修行を全うする糧になるかも知れない。心が楽になるかも知れない。
肉親が亡くなった時に「お父さん(お母さん)の子供に生まれて良かった」という言葉を発する事がある。安心していいと思う。魂同士は一つの集合体であり、少しずつ変化しながら似たような運命を歩むと思う。
夢見物語的な話で申し訳ないが、僕はそうであって欲しいと信じている。