情けないなが僕は糖尿病を持っています。

 自宅でも職場でも常に倦怠感・疲労感・頻尿・末梢神経のしびれ・手足の冷えなどの症状に悩まされています。

 主治医から発病を告げられたのは2~3年前の話ですが、ここ最近暴飲暴食がたたってHbA1cの数値があり得ない程上昇し、年度をまたいだら数値が落ちて症状が落ち着くまで仕事を休み、自宅静養をしようかと考えています。

 ここでは発達障害やメンタルの話をしてきましたが、内科的な話となると知識が浅く、ただ「生活習慣病」や「贅沢病」くらいしか認識できていません。

 主治医には「間食禁止」の指導を受けていますが、夕方になるとどうしても甘いものが欲しくなり、つい間食をしてしまいます。「治す」と言った意識がまだ薄い証拠でしょうね。

 糖尿病の末路は網膜炎による失明・血管が詰まって足の壊疽による切断・腎不全による人工透析・虚血性心疾患や脳梗塞などのリスク大・・・凡そ全てが「血液中のブドウ糖によって血管を傷つけた結果」と教えられました。

 網膜炎の検査は受けたことがないので、今週中に眼科で眼底の出血の有無を見てもらおうと思っています。

 あまり穏やかな状態でないことはお察し頂けるかと思いますが。今後は糖尿病と付き合いながら生きていかなければならない様です。

 ADHDの障がい者にとって切っても切れないもの、「物忘れ」。

 さっきもスクーターに乗るときにヘルメットを被るのを忘れた。

 「あれどこいった?」「ここに置いたはずやのに?」・・・。

 大抵は無意識に置いたことが多い。当然そこに置いた記憶もない。見つけるのに四苦八苦する。

 貴重品を忘れる事も多く、酷いときは旅行先のレンタカーの車内やホテルに置き忘れた事もあった。

 当然貴重品だから免許証やクレジットカード、現金に携帯電話などが入っている。現金はともかく免許証やクレジットカードは最悪使用停止や再発行しなければならず、それにかかる出費も発生する。

 あと「タバコの火の不始末」や「こたつやストーブの電源の消し忘れ」も多い。

 気を付けているつもりだけど、どうしても忘れる。

 一応アトモキセチンを処方されているが、今一つ効き目を実感できない。

 どうしたら良いものやら・・・正直生きにくい。

 発達障害(僕の場合はADHDと自閉症スペクトラム障害)は生まれつき持って生まれた先天性の障害。

 その事を考えると幼少期の頃からとても健常者とは違った奇異な行動を取っていたのを思い出す。

 幼稚園に入る前~

 何か気に入らない事があると、路上でも家の中でも他人に向かってパンツを脱いでチンチンをダラーっとさらけ出していた。

 幼稚園

 お遊戯の時、順番が覚えられず独りだけ勝手に訳の分からない踊りを踊っていた。

 「あ」の字が書けなくて、いつも「お」と書いていた。

 小学生~中学生

 イジメに遭って我慢の尾が切れた時、発狂して学校の備品である机や椅子を力いっぱい投げ付けたり、ハサミや小刀や彫刻刀を振り回したり床に突き刺したりしていた。

 高校時代

 1年生の時はそこそこ遊び友達ができたが、2年生にクラス替えになると一気に気の合う友達がいなくなり、遠足で行った遊園地で存在しない「友達」を探して園内を独り歩き回っていた。

 ただ2年生の時、クラスメイトが「お前と同じ鉄道好きが隣のクラスにいるぞ」と聞き、選択授業で一緒になった時、意を決して話しかけると意気投合し、旅行や電車の写真を撮りに行ったりした。その友達は今でも親友として出会って25年以上経った今でも時間が合えば一緒にドライブに出かけたりしている。

 就職後

 某大駅に配属され出札(みどりの窓口)に回された。ここで注意欠如や多動性が現れ先輩から「あわてんぼう将軍」と呼ばれた。

 過不足金発生(諸説あり)も毎日のようにあり、弁納(今はこの制度はない)しに来てるのか稼ぎに来てるのか分からない日々を送った。ただ別の箇所の出札に担務変更後は過不足金は滅多に発生させなかった。

 元々IT関係の学校に通っていた為PCの扱いは得意で、毎日同じ列車の切符を売っていたので次第に「〇時〇〇分発は△△△、□□号、×編成」と全時間帯の列車番号や編成を暗記し、客が注文した切符を即座に発券し、発券スピードに同僚や客までも驚かせた。

 転勤後、所属労組を今の労組に鞍替えし、その報復として会社側から当時はまだ言葉が浸透していなかったパワーハラスメントに遭いうつ病を発症。労災申請を行ったが当時はパワハラが深刻な社会問題として取り扱われず不認定となった。

 それ以来泊まり勤務が不可能になり、パワハラ上司の後継に来た心優しい上司の元(この上司もパワハラに遭っていた)、時折精神状態が不安定になり断続的に仕事を休みながらも日勤で出札・改札・案内の業務を渡り歩き現在に至る。

 

 長々となったが、これが今までの凡その経緯である。