母が私を産んでしばらくは
お母さんだったと思われます。



優しかった母を覚えていなくも
ないのですが、物心ついた頃には
母は鬼ババアになっていました。



初めての子供である長女の私は
鬼ババアの愛情と注目をたっぷりと
受けて育ちました。



その鬼ババアが1番ヒートアップ
した時期は私の高校受験の時でした。



高卒と普通運転免許の資格は絶対に!
のルールを持った鬼ババア。



仕事と子育ての合間に一生懸命に
塾の送り迎えをした長女の通知表には
まさかの1と2しかない。



「お母さん悲しい」と小さく呟き
  洗濯物に隠れて泣く鬼ババア。



「鬼の目にも涙」



鬼ババアの涙は2回目でした。



1回目はまだ私が小学生だった頃に
テレビで「火垂るの墓」を一緒に
 観ていた時でした。



何だか暗くて怖い内容の映画に
モンモンとしながら、ふと鬼ババアを
見ると。。



まさかの大号泣。
鬼の目から流れる涙を見て
「お母さんも泣くんだ!」と驚きの凝視。



私がじっと見ている事に
気がついた鬼ババアが、くるっと
こちらを振り向きました。



「何を見ているの!人が泣いているのを
  じっと見るなんて失礼でしょ!」と激昂。



節約の為に電気を消した暗い部屋。


涙で濡れた頬の鬼ババアは
テレビの光に照らされて
この世のモノとは思えなかった。



それから数年後の2回目の
鬼の涙でした。



鬼ババアがカナボウを振り回し
続けた成果があったのでしょうか。



ギリギリ高卒の資格と運転免許を
取得出来ました。



しかしながら、鬼ババアがホッと一安心
した頃に、長女まさかの引きこもり。



決して仕返しとかじゃないですよ!


鬼ババアを困らせてやれ!
なんて思った事なんか1度も
なかったんですよ。



何よりも鬼ババアのことが
大好きでしたから。




3回目の鬼ババアの涙は
ノルタルジーなクライでした。



鬼ババアが押し入れを整理していて
出てきた何冊かの写真アルバム。



それを開いてみると、そこには
初めて見る鬼ババアになる前の
母がいました。



どこかの国でラッパみたいな
ジーパンをはいて、金髪の人たちと
笑顔で写っている写真。



満面の笑みの母親を生まれて
初めて見ました。



外国のお金やチケットなども
ファイルされていて、何だか
とっても楽しかった青春時代の
ようなアルバムでした。



これはどこの国?と聞いたら
ツレナイ顔で鬼ババアが色々教えて
くれました。



ドイツは夕飯が毎日でっかい
ソーセージだけだったとか。


アメリカでステーキが出た時は
嬉しかったけど3日したら飽きたとか。


カナダは朝食がパンケーキ
だったから嬉しかったとか。



全てホテルの話ではなく
ユースホステルの話ですが。




しばらく文通していた外国の
友だちの手紙や写真も見せて
くれました。



ふと母を見たら目に涙を
浮かべていた。



「やっぱり辛くて見られない」
  とまだ途中だったアルバムを
  片付けはじめた。



母は社会人になると必死に働いて
節約をしながら貯めたお金で
海外旅行に行っていた。



その20代が人生で1番充実していて
楽しかったらしい。



次はオーストラリアに行こうと
お金を貯めていた時に友達の紹介で
父に出会う。



お互いの親も早くに結婚して
もらいたいという思いが一致しての
あっという間の結婚。



一年後に長女の私が生まれた。



「お父さんに出会っていなかったら
               オーストラリアに行っていた」



という呪いのような呪文を
父に憤るたびにブツブツと呟いた。



当時の数人の仲間が独身で
今も海外旅行に行っていることを
手紙で知っている鬼ババア。



その仲間たちと今の自分を
比べてしまって、とっても辛くなると
目に涙をためながら言った。



3回目の鬼ババアの涙は
ちょっとだけセツナかった。



結婚したのが間違いだったと
呟いていた鬼ババア。


子供は男の子が良かったと
呟いていた鬼ババアの気持ちを
初めて部屋で考えた。



私が男の子だったら

私が成績優秀だったら

私が良い子だったら

私が巨漢の引きこもり
じゃなかったら



鬼ババアも少しは幸せ
だったのだろうかと。



私だって大人になったら何かに
なっていると思っていたし。



引きこもるなんて思っても
いなかったし。



鬼ババアを不幸にしているのは
この私だったかもしれないという衝撃。



文字通りの箱入り娘だった
当時の私には、鬼ババアの気持ちまでは
受けとめきれませんでしたが。



母を鬼ババアにしたのも
不幸にしたのも私ではなかったと
いう結論にいたりました現在でも。



3回目の鬼ババアの涙は今でも
1番印象に残っています。



最近はシャンソンを聴いて
涙する鬼ババアとかぐらいの
スタンダードな涙です。



鬼ババアとスーパーで買い物中。



娘を猛烈に叱るお母さんを見て
鬼ババアが小さく呟きました。



「そんなに怒ることないのに。。。」




そこが姥捨て山なら
間違いなく置いて帰って
来るところでした。








人当たりの良い白髪の
元鬼ババアは花が大好きですハート







最後まで読んで下さり
ありがとうございます✨