恋愛映画のハッピーエンドは苦手でした。
余韻が残らなくなる気がして。
切ないラストの方がグッとくる時が
あります。
TSUTAYAで新作5本1000円の
セットでいつも映画を借りてます。
観たい映画が3本くらいで
後の2本は数合わせでそんなに
期待しないで借りたりする事があります。
でも観たかった映画はイマイチで
数合わせで借りた映画が良かった
なんて事が良くあるんです。
今回、数合わせで借りた映画がこちら。
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予告編で見てまあまあくらい期待
出来るかななんて軽く思っていました。
観終わって初めて思いました。
やっぱり、恋愛映画はハッピーエンドが
いいって。
人が人を好きになって深い愛情が
生まれてお互いが一緒にいたいと
思うことは全くの「善」であるはず。
それは誰にでも平等にあるはず。
私達は愛し合う為に生まれてきたはず。
家族や友達に「大好きだよ」って
言いたくて生まれてきたはず。
そんなあるはずの自由が当たり前では
なかった時を知って胸が苦しくなるのは
きっと私達が魂で知っているからかも
しれない。
もう、「憎しみ」や「恐怖」の
繰り返しはいらないと。
自由であるはずの今でさえ
「何か」を恐れて、争っている。
未だに肌の色や、性別や、国でみんな
区別して批評している。
どちらが悪いとか、悪くないとか
優れてるとか、オカシイとか。
優れていない国なんか1つもない。
「愛」じゃない人なんて1人もいない。
本当は大好きな人に「愛しているよ」と
伝えにきたハズなのに。
愛ではないモノに夢中になってしまって
自分が「愛」だったことを忘れてしまった。
どうしてもお互いをわかり合えない事柄は
確かにある。
でも自分の信じているモノの為に
誰かを責めてる瞬間にすっかり
忘れてしまっている。
大好きな人達に
「一緒に過ごせて嬉しいね」って
言いにきた事を。
昔は、「ラブ&ピース」なんて言葉を
見るとウンザリした。
綺麗事言ってる人を見ると
オメデタイ奴だなと思っていた。
自分を癒しているだけなのに
どんどんオメデタイ奴になってしまった。
でも物事を斜めに見ていた頃よりも
ずっと息がしやすい。
自分が自分である事が好きになった。
自分が日本人であることが好きになった。
そして、ふと見た文章に
「私はフィリピン人であることに
誇りを感じる」
と書いてあったのを見て嬉しくなった。
本来は「国」の枠なんかもなくても
良いんだと思う。
今がまさに転換期だと思えてならない。
自分が自分であることが
嬉しくなる事だけに
集中したほうが良いかもしれない。
大切な人達に「大好きだよ」って言う
事に専念したほうが良い時代なのかも
しれない。
綺麗事じゃない方をずっとずっと
見てきたじゃないか。
危なくないユートピアを作れる時代が
来ていると信じても良いじゃないか。
私は自分の事が大好きになれたし
愛している人が沢山いる。
その人達に
「一緒にいてくれてありがとう」って
伝え続けたい。
昔の私みたいにすっかり自分が
「愛」である事を忘れている
だけの人にあなたは「愛」だよって
伝えたくなりました。
伝えてくれてる人が沢山いる中で
わざわざ私なんかが伝えなくても。。と
いう自分がいるのだけど。
でも私もなんか伝えたくて。
あと一歩、勇気を踏み出してみたいと
思っています。
「同じ地球に生まれてこられて嬉しいよ」
ってあなたに伝えたくて生まれてきたと
思うから。
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