「あの場所を歩いてみたい」
食べる以外にしてみたいことができた
のは本当に久しぶりだった。
そしてこんなにワクワクしているのは
引きこもりになってから初めてかも。
市民スポーツセンターに到着してから
さらにドキドキソワソワしていた。
「いきなり頑張らなくて大丈夫だよ。
自分のペースでやってみよう。」
1人、車の中で自分に話しかける。
昼間の午前10時くらい。
外に出てみると、昨日夕方にきた時とは
また雰囲気が違っていた。
夕方学生がサッカーをしていた場所
はご年配方がゲートボールをしていた。
歩きに来ている人も何人かいた。
近くの女性がこれから歩くのか準備運動
をしていた。
あっ!私も!
と何だか浮かれながら真似っこする。
スリムな女性が足を閉じて屈伸をするのを
見て思わず私も足を閉じてしゃがんだ。
その瞬間、後ろにゴロンとひっくり返る。
私にはお腹のお肉が沢山あるのを
忘れていた。
私は一瞬肉団子になった。
誰にも見られていなかった事だけを祈る。
出鼻をくじかれたが、気を取り直して
歩き出した。
やっぱり気持ちが良い✨
この遊歩道は一周何キロあるのだろう。
「とりあえず初日だから5周はキツいかも
だから3周くらいしてみよう!」
「最初に無理をして飛ばすと、その日のみ
で終わってしまう可能性がある。」
「だからまだ歩けるなくらいでやめておいた
方が良いはず。そうなると3周くらいかしら」
まだ歩き始めで間もないのに、
ぶつぶつと頭の中で思考していた。
景色がよくて空気も気持ちがい。
ゆっくり歩き始めて、半分くらいまで
きた。
さっき準備運動で一緒だった女性が
後ろから私を追い抜いていった。
3回目の追い抜きである。
お姉さんは歩きに来たのではない。
走りに来たのだった。
すれ違う時にお姉さんをチラ見する。
帽子を深くかぶっているけど、アゴの
ラインがシャープでとっても綺麗な人
だった。
後ろからも観察。
キュッと引き締まったボディライン。
ヒップはうっとりするライン。
「スタイルの良い人はみんな努力を
しているのね。」
「それともお姉さんは走るのが趣味なのか。」
「それともスタイルをキープするために
走っているのか。」
「私はお姉さんくらいスタイルが良く
なれるのか?」
「その前に痩せることが出来るのか?」
「痩せたら自信がついて仕事が出来る
のだろうか?」
歩き始めてからずっとずっと思考し続け
ている自分に気がついた。
せっかく気持ちの良い場所を歩いている
のに、景色を見ているようでいても、
頭の中は常に何かを考えている。
どれもとるに足らない事ばかり。
だから何もしていないのにいつも
疲れていたのかしら………
それにしても半分まで歩いてみて
けっこうな体力の消耗が感じられた。
チコと散歩の時は、いつもチコが私を
引っ張って行ってくれたのだ。
やっぱりチコの存在は大きかった。
途中のベンチに座って休みたかったが
先約がいたので、頑張って歩く。
やめるにしても、さっきの歩き始めた
場所に車がある。
何とかそこまで歩かなくては………………
非常に残念だが、たった1周で体が
限界だった。
2周目に行こうにも怖くて行けなかった。
だって半分まで頑張って歩いたとしても
そこで本当の限界をむかえたら、この体
をどうやって車まで持って来たらいいのか。
途中にあった小さな【あずまや】で一夜を
過ごすことになりかねない。
何が3周くらいでやめておいた方が
良いかもしれないだよ!
貴重なガソリンを使ってわざわざ
来たのに、たった1周で終わりとはね。
とりあえず休もうと車に戻った。
とりあえずとか言いながら帰る気しかない
のはわかってるんだよ!
ボーと景色を眺めながら思った。
今までずっとずっと自分を責めてきた。
自分の思いを書だしていたノートには
「死ねよ!お前なんか死んじまえ!」
と書きなぐっていた。
3年たってようやく自分を責めても
何にもならないことに気がついていた。
今日歩きに来たのは良かったよ。
1周しか歩けなかったけどそれでも
ムダではないよ。
また歩きにくれば良いじゃん!
きっと今日の事が笑い話で誰かに聞いて
もらえる日が来るよ!
きっと今の自分を笑える時が来るよ!
絶対に大丈夫だよ!
気がついたら泣いていた。
自分の不甲斐なさと、自分からの優しい
言葉に泣けたのかもしれない。
とりあえず帰ろう。
帰ってから疲れて昼寝をした。
また明日も行こうと思えるかがとっても
不安だった。
次の日の朝。
ずっと悩んでいた。
ご飯を食べる時も、チコと散歩の途中も。
どうする?また歩きに行く?
それともやめちゃうか。だってまた1周
じゃあ、ガソリンがもったいないもんね。
歩きに行かないのなら、職安に行く練習
でもするか?
今みたいにLINEでバイトの面接を決められる
画期的な時代とはわけが違う。
友達はみんな携帯を持っていたけど、
私は当然持っていなかった。
当時は職業安定所に行って仕事を探して
いた。
初めて行ったくらいの頃は、すべての
求人がファイルになっていて、職種別に
棚分けされていた。
それを1枚1枚見ていく。
そのうちそれが全てパソコンに入って
画面をクリックしながら探すようになった。
どちらにしても職安に行くのは問題ない。
ただ、出来そうな仕事を探しても紹介して
もらう事がどうしても出来なかった。
職員に、働きたい場所を言うだけで、
あとは職員がその職場に面接のアポを
とってくれる。
たったそれだけ。
たったそれだけなのに、紹介してもらおう
とした瞬間に心臓が飛び出てしまうくらい
の勢いでなりだす。
全身が心臓なんじゃないかというくらいに。
そのうちに息苦しくなってきて自分が職安
の外に飛び出す。
その繰り返しだった。
なんでこんなに簡単な事が出来ないのか。
なんで紹介してもらうだけで動悸が
するのか。
隣で探していたご婦人が、3つの職場を
1度に紹介してほしいと話していて、
職員に1つにしぼって下さいと言われ
ていた。
私にはご婦人がカリスマにしか
見えなかった。
カッコ良すぎる!
なんでそんな簡単に面接行こうと
出来るの!しかも3つも!
私は職安に仕事を探しに来ているの
ではない。
職員さんに仕事を紹介してもらうまでの
練習をしに来ていた。
さぁどうする?
このまま家にいてもいつもと同じ日常
に戻る。
もうエンドレスにラブレス。
さぁどうする?
歩きに行くか。職安に行くか。
ストレスがない方を選択した。
2日目も歩きに来られた。
今日も1周で良いじゃないか。
その変わり、1周を真剣に味わって
みようと思った。
とるに足らない下らない思考はやめて
歩くのに集中してみようと。
ゆっくりと歩き出した。
一歩一歩丁寧に。
歩く自分の体に意識を持っていった。
ゆっくりゆっくりと歩く。
だって1周しか歩けないんだから。
3分の2まで来た所に高い丘があった。
けっこう急な坂のずっと上に、滑り台
の始まりがあった。
今立っている場所には滑り台の終わりが
ある。
けっこうな距離の滑り台だった。
その丘の上の向こう側は何があるのか。
気になってしまった。
でもけっこうな急な坂である。
登れるかしら。
丘の上の向こう側は登らないと見られない。
気になってしまっている。
登るしかない。
登ってみる。
途中で登るんじゃなかったと
激しく後悔。
途中から四つん這いになって登る。
ビジュアルなんか気にしてる場合では
ない。
気を抜いたら、肉団子みたいに転がり
落ちてしまう。
必死に登る。
ケモノのように登る。
息を切らして登った先には、田舎町の
綺麗な風景が広がっていた。
とりあえずベンチに座り呼吸を整える。
汗をかいた体に冷たい気持ちの良い風が
吹き抜けた。
「気持ちが良い✨」
何だか今日はとっても気持ちが明るかった。
1周しか歩いていないけどもゆっくり
じっくり味わって歩いた。
ダイエットの歩きには程遠いのは
知っている。
でも今ベンチに座っている自分が
役立たずの引きこもりだとは思わなく
なっていた。
何だか、今の自分にはこの「今」が
必要なのかもしれない。
きっと今見てる風景もこの場所も良い
思い出になるような気がしていた。
何の根拠もないけど、大丈夫な気がする。
今日は不安はなかった。
明日も歩きには来られる確信があった。
帰りの急な下り坂をみて、なんでそこに
滑り台があるのかわかった。
この下り坂は歩いて下るにはかなりキツイ。
でも滑り台なら楽しく一瞬で下に行ける。
滑り台は子供の頃から大好きです。
今も滑りたいけれど…………………
さっき小さな女の子が滑っているのを
見て瞬間にわかりました。
あの滑り台には私のヒップは
おさまらない事を……………
滑れません。詰まるだけです。
とりあえずこの滑り台を滑れるくらい
まで頑張ってみたいな。
「さぁ~て!帰りますか♪」
心なしかちょっと得意になっている
自分がいた。
それから半年間くらいはこの場所に
通うことになります。
つづく