意外なことがあるものだ。



飼い主は、美術館を訪れるのが好きだが。



大きな展覧会は、ほとんど東京で見られるから、年に一度は出かけて行く。

「美術館や観劇は、一人で」と決めている。

ときに京都、奈良、名古屋、横浜、箱根などの美術館や博物館。

めぼしいものがあれば、もちろん静岡県内も‥‥



なのに、近場にあるのに。

熱海のMOA美術館には、行ったことがなかったんだ。

けっこう有名なのに。

なぜだろう?



「なんとなく。

美術館として路線が決まっているような感じだからかな。

先入観かもしれないけど。

例えば箱根のポーラ美術館や岡田美術館もそうだけど、所蔵品の内容から、雰囲気が一定しているように思える。

それぞれとても立派で素晴らしいんだけど、大がかりな企画展を巡る方が好きだなあ。



まあ、MOAは遠くないし、いつでも行けるって感覚だったからね。」



というわけで、天気が良くて暖かい今日、ふと行ってみることにしたようだ。



熱海は、自分で車で行くより、電車が便利だ。

飼い主は、電車というとほとんどが新幹線だから、鈍行に乗るのはちょっとした楽しみだ。

三島に車をおいて、東海道線に乗る。

わずか2駅、13分。

電車は熱海行きですいていたが、駅に降り立つと、平日なのにけっこうな人出。



熱海駅からは、MOA美術館ゆきのバスが、15分ごとに出ている。

美術館の開館時間の頃に着くバスは満員。

バス停3つ、所要7分、200円。

バスに乗り慣れない飼い主は、前の人に習いICカードをタッチしようとしたが‥‥案の定もたついた。ぼけー



熱海は、街全体が雛壇のようで、建物は斜面に沿って建つものが多い。

バスは、くねくねとした急な坂を上る。

とても歩けたものではない。



美術館は、海を見下ろす山の斜面に。

だから見晴らしはいい。

眼下に光る熱海の海。



中に入って驚くのは、なかなか展示室に着かないこと。

まず、長~いエスカレーターが3つ続く。

ひとつの長さは、横浜のみなとみらい駅の地下から上るものくらいか?もっとかな。

とてもモダンなアプローチだ。





すぐに青い空間になり、水族館にでもいるよう。





上ると、丸いホールに出て、ここはまだ中間地点。


 

ここでももたつく人のためにでもなかろうが、天井を眺めて気を取り直せる空間だ。




この先の進路に入る前に、傍らから外へ出られるようになっていて、開放的な景色を楽しむ。







正面の彫刻は見づらいが、この感じはイタリアの美術館の一角のようだった。




建物内に戻り、少し回廊を歩き、再び3基続いてのエスカレーターに乗る。

今度のは長くない。





ようやく、展示会場にたどり着いた。

開口部の大きな窓には、光る海。







「バスにあんなにたくさん乗っていた人々は?」

と思うほど、ゆっくりできる。



【名品展 国宝 紅白梅図屏風】という企画展の入口。




順路の前に、黄金の茶室の復元があり、係の人がどうぞ写真をお撮りくださいと声をかけている。



会場内は、ゆったりとした配置で、自分のペースで思うように進んで行ける。

昔、歴史の教科書で見た記憶のあるものがいくつもあり、じっくりとながめる。



展示物を守るガラスも、一つの名物だ。

あまりにもクリアで、「頭などをぶつけないように」という注意書が、作品の注釈より大きく書かれている。

本当に、何もないと思うほど、透明度が高い綺麗なガラスだ。





じっくり見終わり。



出口に向かう前に、いいところを通る。

抜群の眺めのカフェ。

早々とお茶を楽しむ人々がいた。





ミュージアムショップでは、地元の作家さんの手作りイヤリングなどを買った。



帰りは、またひたすらエスカレーターを乗り継ぐ。

熱海駅ゆきのバスも、15分ごとに出ているからそう心配はないが、乗ろうと思うバスに間に合わないおそれがある。

館内の見学に1時間を予定しているとしたら、そのうちの15分は、エスカレーターに乗っていると思わないと。

飼い主は、最後は小走りに美術館を出た。





「それにしても、今日は季節外れの暖かさだ。」

薄いコートを選んできた飼い主だが、それでも汗ばむ。



美術館だけで帰るのはもったいないので、熱海銀座で観光客に紛れてもよかったが、残念ながら膝の調子が悪く、断念した。



そこで東海道線で20分ほどの、小田原まで往復することにした。

真鶴、根府川、早川あたりの駅は、全く縁がないから、車窓から眺めるだけでも小旅行気分だ。

小田原も、いつもは新幹線で通過するだけ。



電車を降りて1時間ばかりの滞在だが、小田原駅で乗り降りしたことのない飼い主には、新鮮だったようだ。



「小田原城などは、車で来て観光済み。
たまには、駅を中心にふだん来ない街にいるのもいいなあ。」


飼い主の視界を、さまざまな人が行き交う。
駅構内に流れる、小田原ちょうちんぶら下げてぇ🎵なんて歌詞を思い出す曲を聞きながら、飼い主は思った。
「今は、ほんのわずかな時間で、東海道の一部をこんなに楽しめる時代なんだ。
箱根越えはないけれど。
浮世絵に掛かれているような世界を、逆に思い浮かべながら乗る電車、悪くない。」