飼い主は、この風邪薬を、ドラッグストアA店で買った。




風邪を引いたのは飼い主ではない。

息子だ。

長期休み、都会に遊びに行くと必ず持って帰る土産。

「私のように、誰にも会わない道を散歩するくらいであれば、風邪のウイルスにも会わないのに。」

と飼い主は言い、東京帰りの病弱息子を疎んじていた。

飼い主は、ここぞとばかり息子の口調を真似て、【ふるさとの、ウゼー】とあだ名をつける。

まあ、息子はコロナでもインフルエンザでもなく、発熱はないし、喉風邪から鼻水に移ったところで、軽症といえる。



家族の中で、市販の風邪薬を飲むのは息子だけだ。

夫は、コロナ禍で帯状疱疹には何回もなったが、風邪というものには罹患しない。

飼い主は、常日頃気をつけていても、年1回程度息子の風邪をもらうこともある。

その場合は、きちんとした医薬品(ロキソニンとトランサミンなど)で、引き始めのうちに早く治す。

毎日ビタミンCも積極的にとっている。



市販の風邪薬は、高い。

最近の有名どころの風邪薬は、配合成分が増えているものが少なくない。

市販薬で最大、とか医薬品と同量などとうたっている。

2.3日分で1500円前後、4日分となると、プレミアムだのEXだの付く商品は、2000円が相場だ。

「全く、バカは風邪をひかないはずなのに。

風邪薬代がバカにならない。」



一般的な風邪薬は、ほとんどが総合感冒薬で、喉の痛みや咳を前面に出しているものがあるが、それに完全特化したものではない。

せき止めは、それなりに別個だ。

一応、登録販売者の資格を持つ飼い主は、色々な風邪薬の成分と含有量を見比べ、息子の風邪の「流れのパターン」に合うよう、3種類の風邪薬を選んでレジに持っていった。

飼い主は、少し買い置きしておくかと考えただけだ。



レジでは、いきなり

「申し訳ございませんが、」と3箱のうち2箱をよけられた。

「1箱だけに願います。

オーバードーズの問題がありまして。」



飼い主は、ああそうか、と思った。



over dose、過剰な服用。


 

最近、若者特に10代20代の人が、市販の風邪薬などを故意に過剰摂取して体調不良に陥ったり、最悪亡くなってしまうことがあるのは、何度かニュースで見聞きしていた。

市販薬の中にも、微量でも麻薬成分に該当するものが含まれるものもあるし、大量に飲み続けたり依存性が出たりすれば、個人の健康を損なうばかりでなく、社会的にも影響が出るのだ。

この、購入数の制限がまさにその一つ。



例えば同じA店で、1日に複数回購入したとか、大量購入履歴があるのはまずいことなのだ。

「‥‥オーバードーズ問題で、今は風邪薬くらいですが、いまに医薬品全般に購入規制がかかるようになったら大変です。」

と、登録販売者の名札を付けた店員さんが、長々と説明をする。

「風邪薬は、基本的に中味は大差ないので。

こちらは、風邪の時に消耗されるビタミンが入ってますね。

ひとつにするなら、これがおすすめです。

それで、風邪薬を飲む方は、今は?」



いちいち大変だなあ。

風邪薬を買うだけで、使用者は誰か、年齢は、症状は、などと質問され、正しい使用目的かどうかを確認されるなんて。



飼い主は、買うつもりだった3つの中から1つをあらためて選び、「ルルアタックIB」だけを購入した。



「せっかくドラッグストアまで来たのに。

1箱だけではちょっとなあ。

都会だったら、風邪薬なんてすぐに買い足せるのに。」

仕方なく飼い主は、ふだんほとんど行かないB店にも寄ることにする。



ここでは、違う商品を選ぶ。

さっきやめた商品の中で、「緑の箱」と覚えていた。

息子のような、洟垂れ小僧むき。



B店でも、レジでチェックがあった。
店員さんは、カゴの中から風邪薬を見つけると、チン❕とベルを押して、他の人を呼び出す。
呼ばれた人は、パウチされたA4の案内を飼い主に見せて、これらに該当しませんか?と聞く。
「同一日に、大量の購入がないか」などと質問が書かれているが、眼鏡のない飼い主にははっきり読めない。
だが、どんなことに釘をさされているのかは、大体見当がつく。


「ないです。」
と飼い主が答えて、ようやく風邪薬を売ってもらえた。


飼い主は、今日はここまでにしておこうと思い、店を出る。


「はー。
冬だから、いや、一年中風邪薬が当たり前に買えるはずだったのが、風邪にさえ検問所とはね。」




「オーバードーズかあ。
今ごろになって、dose なんて単語が身近になるとは思わなかった。
しかも真面目に。


この単語、ちょっとした思い出があるのよ。
前に一度話したよね。
英語科教員をしていたとき、生徒がよく書き間違えてね。
Yes,he does. なんかに使うdoesが、dose になってるわけ。
笑うに笑えなくてさ。
指摘すると、ド-セ、じゃなくてドエースね、わっかりましたあ、とかふざける生徒がいたっけな。


あの頃は、【服用量】なんて意味の英単語は、中学はもちろん高校でもあまり使わないだろうと思ったよ。
大学受験になら必要かな、《ターゲット1900》には扱われてる。。


それが、今。
クスリ飲み過ぎ注意⚠️として問題になって、よく使われる。


それで。
オーバードーズする子たちには、精神的安定を得られないような、何らかの理由があるのだという。
何かに頼りたいのか、あるいは逃げたいのか溺れたいのか、簡単に手に入る薬品を、安易に体内に入れすぎてしまうんだ。
この単語が出てきたそういう背景が、なんか切ない。


その反面、皮肉なものだな。
セルフメディケーションとか言って、病院にかかりすぎないで、軽症なら自分で判断して市販薬を活用することが推奨されているだろう。
それが崩れてくるではないか。
私が家族のために風邪薬を買うだけで、あれこれ聞かれたり注意事項を念押しされたり。
そのうち‥‥A店の人が言ってたことが、あながちハズレにはならなくて。
ドラッグストアがみんな処方箋薬局みたいになってしまったら嫌だよねえ、困るわ。


子どもたちは、学校で薬学講座があるはずだ。
いわゆる薬物乱用について。
以前は、薬物といえば麻薬とよばれるものだったが。
セルフメディケーションの前に、身近な一般薬品についても、確かなエデュケーションを受けているのかな。」




さて。
飼い主は、largeでなくsmall だ。


服用量のことだ。
doseは、多い少ないは量のことだから、英語で多量にはlargeを、少量にはsmall を使う。


飼い主は、薬に対する感受性が敏感だ。
というのは、服用により体調不良になったことが何回かあるトラウマからきている。
飼い主は、特に新しい薬を飲むときは、怖くてたまらない。
効きすぎることもある。
ロキソニンなどは、飼い主は時に半分に割って飲む。
それなら胃が気持ち悪くならないし、慢性化した膝痛なら、何とかやり過ごせる。
だから、過剰に薬を飲むなど、飼い主には考えられないことなのだ。


「入院したとき、抗生剤の点滴をしたのも怖かったが、ここは病院だから、何かあっても対処は速いと思って落ち着いた。
しかし退院後、新しく不整脈予防の薬を飲むときは、これから自分が人体実験をするみたいで、落ち着かなかった。


薬は、人間の体にはすべて異物なんだ。
それでも、人間の体が作り出せないものや足りないものを薬が助けてくれるなら、もちろん使うべきだ。
適正に。
だから、自分で自分の心身を壊すために用いるというのは、あってはならないね。
薬を造り出せるのも、コントロールできるのも、人間だけだもの。」





ボクら動物は、薬というものは与えられるだけです。
しかも動物病院にかかった個体だけが。




これは、幸せなんでしょう‥‥


ね。


か?


どちらの一文字をつけるか、悩むところです。