飼い主は、今日はこのような用事で実家に来ている。




浄化槽の法定検査ということだが、誰もいない家に対し通知書の【7人槽】という文字が、飼い主には悲しい。



予定時間に幅があるので、飼い主は昨日の続きで細々したものの片付けをしながら待つ。



淡々とごみ袋に仕分けしていく。

燃えるか、燃えないか。

それだけを考えていればいい。





人の世の

最後の仕分け

シンプルな

決まりで用意

する袋二つ



「自分は燃えてこの世から消えて終わりだと思う。

しかし人生は、どう生きても、残された者がいる以上、物質的始末を与えることになる。

精神的始末は、いつまで燃え残るのだろうか。」



飼い主は、窓の外を見る。

父母が何十年と眺めた、両目におさまりきらない見晴らしのよさだけが、この家の自慢だ。

つい片付けの手をとめてしまう。




実家はすこぶる日当たりが良い家で、雨戸を開けただけで部屋が暖まる。



「全国には、親なきあと実家の始末に悩む人は多かろう。

遠距離だったら、余計に大変だろう。

私は近いから、その点では恵まれているが。

今、この時間にも、どこかで片付けをしている人がいるんだろうな。

みんな、同じような思いでやっているんだろうな。

みんなそうやって、終わるまで頑張るしかないんだなあ。

この、私の姿もありふれたもの。

よくある話。

one of them なんだ。」



ワン ノブ ゼム。

彼ら、つまりそういう大勢のうちの一人。






飼い主は、思い出す。


「学校に勤めていたとき。
ちょっとしたトラブルに巻き込まれた。
私は、トラブル慣れしていなかった。


他の先生ならどうするかは知らないが、私はとりあえず教頭先生のところに行って子細を報告し、謝罪した。
話を聞いた教頭先生が言った。
『今回のトラブルは、よくあること。
ワンノブゼムです。』


教頭先生は、英語科だったから、そういうふうに言ってくれた。
ワンノブゼム。
たくさんあるうちの、一つに過ぎない。
この一言は、私の気持ちを一気に軽くしてくれたんだ。
私は心理的負担を感じすぎていたから、救われたよ。


言っておくが、教頭先生は、問題を問題視しなかったのではない。
きちんとした基準で判断した上で、その事案の問題のレベルを仕分けしてくれた。
その判断結果が、ありがたかった。」




飼い主は、このところ浮かんでは消えるマイナスの気持ちに、久しぶりに思い出したこの言葉をふりかけた。


「心臓の手術。
たいそうなことに分類はされまい。
慣れた医師の経験通り、いつもの手術いつもの経過、みんな同じように退院していくという見込み。
私は、ありふれた患者の一人。


どうか、ワンノブゼムで
終わりますように。