「静かに！」
飼い主が、車のハンドルを回しながら怒っている。
愚かだなあ。
車の計器類に向かって騒いでも、言うこときくわけないじゃないか。
だいたい、飼い主の運転が愚かだから、車の方だって黙っていられないんだよ。
飼い主は、新しい車に乗り始めたのだが、新しいシステムが多すぎて、しかもそれらはイチイチ何らかの音や言葉を発するから、飼い主にはうるさくて仕方ないのだ。
まず、家を出てすぐ、
ポローン！
マル３０の標識。
運転する人なら分かるだろう。
速度制限標識だ。
いきなり、何も言わずに
ポローン！
と鳴る。
初めての時は何だ何だと慌てて計器類に目をやると、【（マル３０）を認識しました】と、道路標識の絵。
飼い主は、スロットマシンかパチンコ台の数字のように目まぐるしく動く数字を見た。
時速39kmで運転していたらしい。
「わかってる。
うるさいわ。」
次にまた、
ポローン！
見れば、
【止まれ、の標識を認識しました】
「知ってるわ。
何年、ここを走ってると思ってるんだ。」
しばらく行くと、
ピーピピー、ピーピピー！
「何なにナニ！？」
大きな三角の警告マークで、【はみ出し】を注意されている。
車が、温泉マークみたいな曲線とともに、蛇行運転が描かれた絵。
「危ないじゃないか！
やたら騒ぐな！
この表示を見る間に、車は何メートルも進むのだ。
ここは、センターラインがない道路なんだ。
私は、その左半分を使って走っている。
ラインもないのに、どこがはみ出しッ？
対向車も後続車もないのに、多少真ん中に寄ったくらいで警告するな。
はみ出さないように左に寄りすぎる方が危ない。
ドアミラーでもこすったら、どうしてくれるんだ？
【ドアミラーをこすりました】などと音声案内をするのか！？」
それでも、走り続けるうちに、どんなタイミングで警告音や音声アシストが入るのか、少しずつわかってきた。
標識を表示されるのは、走り始めがほとんど。
「運転を始めたら、安全運転に集中するように意識させるのだ。
だが、イチイチ、ピーだのプーだの、音ばかり鳴っていては、かえって運転に集中できない。」
それと、かなり減速して曲がった直後。
「視界が変わって注意力が必要な時に、余計な音を出すな。」
などと、【うるさいヤツ】との付き合い方のコツをつかみつつ、ほとんどは気に入らなくて文句を言っている。
飼い主は、スーパーの駐車場で車を停める。
大き過ぎるナビのディスプレイには、車がバックする様子を映す、バックガイドラインのモニターと、周りの様子を真上から映すアラウンドビューモニターの両方が示される。
「こういうのも、見すぎはよくない。
余計にわからなくなる。」
エンジンを切り、車外に出てドアを閉め、ドアノブを軽く触ると、ロックされると同時に、ドアミラーがたたまれる。
「便利だが、車が必須のこの地域で、一日何回この場面があると思うんだ。
ヘタしたら、何十回もある。
そんなに度々ビーとかジーとか、自動で開閉ばかりしていて壊れないのか。」
飼い主。
壊れません。
壊れるとしたら、そのたびにイライラする飼い主の頭の方です。
さて買い物を終え、また車に乗り込む飼い主。
エンジンをかけると、ナビ画面に車メーカーの名が流れるように現れ…飼い主は、プレゼンで使うスクリーンか、と思う…大げさな音楽とともに現れる。
「静かに！
これも毎度毎度うるさいわ。
車の劇場みたいに、始動時のディスプレイが派手過ぎる。
こういう余計な表示にだって、車がためた電気を使ってしまうんだ。
電気の無駄遣いをするな。
飛行機のコックピットじゃあるまいし、計器類が多すぎる。
もっとシンプルでいいのに。」
飼い主は、それでも、一つや二つは、最先端の装備の車の便利さを素直に受け入れる。
スマホの、置くだけ充電。
何かあったら困るのだが、何かあった時に、災害時対策として使える電源。
「ハンドルにも、絵だのアルファベットだの、表示が多すぎる。
使いこなせば便利なのだろうが、私はなくても困らない。
前の車だって、結局何のためのものか知ろうとしないで終わったマークが、いくつもあった」
「計器類の表示は、仕方ない。
スピードメーターとか外気温とか、黙って表示されるものは許そう。
だが一つでも、安全に関係なく、かえって安全運転のジャマになる余計な音楽や音声を消す方法はないものか。」
飼い主。
そういうカスタマイズは、あまり聞いたことありません。
「エンジン始動時の、目覚めの音楽みたいなものは、マジいらん。
それよりも、【パトカーがいます】の方が、教習所で習ったような模範運転をしようと気を使うが。」
