飼い主は、一人で紳士服の「○山」に行った。
先日、息子がワイシャツを何枚か新調し、そのうちの一枚が「お取り寄せ品」で、それを息子に頼まれ受け取りに行ったのだ。
誤解はないと思うが、「お取り寄せ」は高級品だからではなく、単に息子のデカいサイズがなかったからだ。
「我が家では、受け取りというと、受け取った者に支払い義務が生じることがある」
毎回警戒する飼い主だが、支払いは済んでいると確認し、それならと出掛けて行った。
紳士服量販店は、いつ行ってもすいている。
これは、婦人服と紳士服の違いだろう。
紳士服は、まず確かな目的があって訪れることが多い。
夏のボーナスでスーツを買おう、礼服を新しくしよう、など。
暇だから、量販店をぶらぶらしようという男性は少ないだろう。
「そういえば、相模大野の伊勢丹の閉店セールに行ったとき。婦人服の階はレジが1時間待ち。この間横浜で逃げ出して話題になった、巨大なヘビをほうふつとさせる列が、渦を巻いていた。ご婦人の購買意欲は凄まじい。私は、諦めた。あのとき買ったのは、デパートならではの、自分用のお洒落な杖。それと、人気のない紳士服売り場で、夫や息子の靴下だけ」
量販店は、幹線道路沿いにあり、車でわざわざ行くところだ。
ショッピングモールのほとんどを占める婦人服店のように、買わなくても気軽に立ち寄る感じではない。
息子も、贔屓のショップやアウトレットでは、楽しんで服や小物探しをするが、量販店は、あくまでも会社に着ていく必需品、制服代わりの品を買うのが目的だ。
さて、婦人服だろうが紳士服だろうが、年齢層だろうが高級品だろうが、店員に注目されようがガラ空きだろうが、全く気にしないで店内にズカズカ入って行ける飼い主。
家の敷居にはよくつっかかるくせに、店の敷居は関係ない。
商品引換券を手に奥のカウンターまで脇目も振らず突進。
店員さんの方が、緊張して身構えている。
「イラッシャイマセ」のイが、ヒに聞こえた。
飼い主は、持参したレジ袋にワイシャツを入れてもらい、ついでに靴下2足を買い、笑顔かどうか判別できない表情の女店員さんに、入口までの見送りを断ると、さっさと店を出た。
無事でよかったね、店員さん。
車に乗った飼い主は、考えるともなく考えていた。
「紳士服量販店は、いつも不思議だ。やたらと何種類もの割引がある。あれで、儲かるのだろうか。息子のように、仕事着にお金をかけられない、薄給の身にはありがたいだろうが。
ところで、○山に匹敵する、婦人服量販店というのは聞いたことがない…最近行く、しまむらは違うな。しまむらは、なぜどこのしまむらに行っても、同じように雑然としているのか。ゴタゴタギッシリ商品があるのは、探す楽しみ以前に面倒だ。ま、いいか。それで、○山の雰囲気で、整然と商品が並ぶ、デパートではない総合婦人服店…なんだかな。ま、いいか。必要ないだろうな」
そして、帰宅後飼い主は考えた。
「調べてないから分からないが、○山に、こういうサービスはないのか」
どういうことかというと。
明日、早速着ると息子が言っていたので、袋からワイシャツを出した飼い主。
婦人服よりも多く、丁寧に何箇所にも型崩れ防止のプラスチックやボール紙、ピンが挟まれている。
ワイシャツ一枚だけでゴミがたくさん出る。
「これも大事だが、 一方で不愉快だ」
ほうら、始まった!
「こんなにしっかり、タタミジワがついている。
ワイシャツを買う若者、に限らず男性は、買って帰ってすぐに着られるのか?
これでは、一度洗うか、アイロンをかけないと着られない。
お客の中には、袋から出してゴミを捨ててくれ、さらにシワを取ってくれるサービスを喜ぶ人もいるんじゃないか?
ワイシャツだけは、着られる状態で受け取れたらありがたいと思うが」
うーむ。
どうだろう。
これからアイロンをかける飼い主は、楽になるだろうけどね。
○山さんには、一考願っても、実際は難しいと思うよ。
第一、誰がアイロンをかけるのさ。
うまくいかなかったら、どうするの。
「そこは、プロになるべきだ。丈詰めなどは洋裁専門職の仕事だが、アイロンは誰にでもできる。プロといっても、業務の一つとして。クリーニング店のような仕上がりでなくても、タタミジワがなくなれば上等。店員さんも、暇でただ立っている時間が減るよ。スチームを当てるだけでシワ伸ばしできるアイロンもあるし」
ボクは、慎重派だなあ。
ならば、携帯電話ショップで、データの移行はお客様ご自身で、というのと同じように、その場でシワ伸ばししたい人だけ、アイロンを借りてかけるスペースを設ける…それは、サービスとはいわないな。やっぱり、なんだかねー。
うまい方策はないかね。
まあ、アイロン問題はともかく。
「不便だとか、改善されたら嬉しいとか、こういう声は、きっと今まで出ているかもしれない。今はコロナ禍で、○山も店舗数が減ったと聞いた。せっかく残っている店は、もっと、消費者の望むことを探して欲しいなあ」
ところで、と飼い主は話を変えた。
「ワイシャツという言葉の由来を聞いたことあるか?」
確か…
英語のwhite shirt の、先頭のw の音と te が耳でつかめなくて、(ホ)ワイ(ト)シャツ、になったとか。