夜9時。
ボクは、ウチから100mのところにある、バス停にいた。
バスに乗るためではない。
日に数本のバスは、夕方が最後だ。
  

ボクは、あまり大きな声では言えないが、小さな声では申し訳ないから普通に白状するが、チッコをするために連れて来られたのだ。


毎晩、家の中で遊び終わったあと、ボクは庭に出て本日最終便となるチッコをする。
だいたい、8時半から9時の間だ。


庭の片隅の芝をはってあるところで済ませる。
5分以内ですんなり終了することもある。
飼い主は、心からとは言わないが一応ほめてくれる。
10分までは、飼い主も我慢してつきあう。



しかし、飼い主と違い繊細なボクは、ちょっとした物音や夜目にぼんやりとうつる光景に、チッコをする気がなくなってくる。


何か小動物の声。
バス通りに車のライトが。
鼻先に跳びはねた小虫。
上空をゆく航空機。



外に出て10分以上たつと、短気な飼い主が引綱に力をこめる。
早く!
どこでもいいから!
何周回ってんの!
もー、いいから、それは!
チッコしないで帰るよ!
また、そんな方見てる!
何もいないって!
ほら、チッコだよ!


等々、子育てだったら禁句ばかりの言葉を続ける。
しかしボクにはそれが単なるBGMになってきて、庭に出た目的を失念する。


30分近く浪費すると、飼い主のイライラは最高潮。
無言でボクを引っ張り始め、バス停まで誘導する飼い主。
「こうなったら、バス会社には悪いが、バス停でチッコさせるしかない」


ボクは、夜歩くのは嫌いだ。


音声でわかると思うが、今の時期は近くでカエルの団体が合唱練習をしている。
飼い主以外にも、妖怪が出るかもしれない。


ドキドキしながらバス停まで来たボクは、数々の犬にかけられたオシッコの臭いの中から、ボクのものを嗅ぎ分けて、5,6回ウロウロし、ようやくチッコとあいなる。


バス停の写真は撮れない。
どうせ真っ暗だし、フラッシュなどたいたら、
万一見られた場合、「田舎の闇に閃光!犬神家か?」などと、怪奇現象として怖れられてしまう。


飼い主と違いマナーを持ち合わせているボクは、早朝にチッコが雨で洗い流されるよう祈り、心の中でわびながらバス停を後にした。