大川隆法先生の立宗された幸福の科学についてお話しています。


大川隆法先生著書の『太陽の法』、第1章8節によれば、

「エル・カンターレ」とは、約6億5000年前に金星から地球にに移住したエル・ミオーレが、

約4億年前に改名したときからの名前であり、その意味は、「うるわしき光の国、地球」なのです。

「エル」は霊界において「光」を意味する言葉で、

「カンターレ」は、霊界において「地球」という意味で使われてきた言葉であるとしている。

また第6章11節によると、エル・カンターレの使命は「仏法の流布による一切の衆生の救済」であり、

愛と慈悲、信仰を象徴する阿弥陀如来的側面(救世主的部分)と、

悟りと修行、霊界の秘儀を象徴する大日如来的側面(仏陀の本質的側面)を役割として併せ持つ「釈迦代如来」が

エル・カンターレであるとされています。

幸福の科学を立宗された大川隆法先生のお話をしています。


幸福の科学が立宗された当初、大川隆法先生はGLA開祖の高橋信次先生の教義を

自らの協議に取り入れられていて、エル・カンターレは「釈迦の魂を有する九次元の意識」とする

高橋先生の教義に由来しています。

また1994年に大川隆法先生は「仏陀は神々の上に立つ」立場のもと教義の修正を行い、

エル・カンターレが神々の頂点に位置づけられました。

その際に高橋先生がしようしていた用語のは別の用語に改められたものがありますが、

本尊であるエル・カンターレに関しては高橋先生の用語および概念を修正せずに継続されています。



大川隆法先生の立宗された幸福の科学についてお話しています。


エル・カンターレ意識の一部はインドに釈迦として生まれ、また古代ギリシアではヘルメスとして生まれる。

過去こうしてエル・カンターレの一部である分身は各地に下生した。

その中日本に降臨し全人類救済のためにエル・カンターレの意識の本体部分が地上に下生したのが

大川隆法先生であるとされています。このエル・カンターレが地上に下生したのはなんと1億5千万年ぶりで

また3度目なのです。しかも今後再び地上に降臨することはないとされています。


大川隆法先生は、最初の「御生誕祭」において自身がエル・カンターレであると宣言し、

自らが地上に降りて法を説く使命、全人類を救済し、新文明を建設する等の大乗の仏陀の使命を宣言しました。

幸福の科学の信者は、エル・カンターレを体現した「現成の仏陀(悟りたる者)」であるとして大川隆法を信仰
しています。

宗教法人・幸福の科学では、信仰
の対象であるエル・カンターレ(および大川隆法自身)を象徴するものとして

代理本尊を設けています。代理本尊にはエル・カンターレ像や家庭用本尊等があります。

大川隆法先生が立宗された幸福の科学についてお話しています。


エル・カンターレとは、幸福の科学の本尊であり、また、幸福の科学の教養ではエル・カンターレの本体部分が

地上に下生したのが大川隆法先生とされていることから、幸福の科学総裁の大川隆法先生のことも示しています。

主に「主エル・カンターレ」という呼称が用いられています。

また幸福の科学は「エル・カンターレ(El Cantare)」を商標登録している。


幸福の科学の教義では、地球系霊団の最高大霊はエル・カンターレとされていて、

地球を中心にする霊系団においては、地上界に人類として生まれうる最高霊は、

九次元宇宙界の九次元霊までであり(十次元霊は惑星意識)、

エル・カンターレ(大川隆法)は10体の九次元霊の中で最高神であるとされています。

地球を統べる九次元霊であるエル・カンターレは、多次元宇宙や人類の魂を創造した根本仏(造物主のような概念)であるエル・カンターレと一体のものであり、天上界にあっては神々の神、至高神であって、地上に送られた創造主たちを指導するとされています。


幸福の科学と大川隆法先生についてお話しています。


設立当初は霊言集の刊行などによる「霊知識」の普及を中心とした啓蒙活動が展開されており、

信仰関することが説かれることはあまりありませんでした。

後に、教団内で組織ができるようになりますが、多くの会員は入会する前に持っていた信仰に従い、

会を指導や支援しているとされた「高級霊」を信仰していました。

1989年からは、信仰心について説かれるようになり、

1990年からは組織的な伝道活動が開始されるようになりました。

また、宗教法人となった1991年には、『月刊Asahi』4月号で幸福の科学の紹介記事が掲載されたほかに、

東京大学での野外講演「黎明の時代」(5月)、東京ドームでの「御生誕祭」(7月)、

講談社のフライデー事件への抗議行動(9月)など注目されるようになりました。

そして1992年12月には、会員でも代理本尊の一つである「家庭御本尊」を安置することが可能となったのです。

1994年4月10日には、主宰により「方便の時代は終わった」と宣言され、

根本経典や基本書の『太陽の法』が改訂され、教団の運営体制の整備が進むとともに、三宝帰依を中心とする信仰へと移行し、

1994年6月からは三帰誓願式が始まっています。

1996年10月6日には、会員・会費制度を変更して、「正会員」と「誌友会員」の名称を「会員」としました。

大川隆法先生と幸福の科学についてお話しています。


教祖である大川隆法先生の出身地である四国徳島は「聖地」とされ、生誕地には川島特別支部があります。

また鳴門市の聖地四国正心館境内には、大川隆法の父(善川三朗・幸福の科学名誉顧問)を偲んで

善川三朗記念堂があります。そしてアフロディーテ会会長(大川きょう子)の出身地である秋田は準聖地とされ、

秋田・田沢湖正心館や文殊館が建立されています。

その他、地方本部、支部、拠点、布教所などが日本国内・世界各地にあり、

「支部精舎」と呼ばれる施設も数多く建立されています。


研修施設の歴史としては、

1988年9月に幸福の科学研修ホール(東京都杉並区)を開設しました。

1990年12月16日には四国研修道場(鳴門市)を竣工、

翌年8月1日には幸福の科学研修センターを開設しました。

1996年5月8日には、東京道場(旧東京正心館)を品川区大崎に開設しましたが、

その後総合本部ビルと呼ばれていた品川区施設へ移転し、

戸越精舎として主に首都圏を
中心に住む学生や55歳以上の信者が利用する研修施設となりました。

2005年8月7日には、九州本部研修所を開設しています。


その他の宗教施設としては、

2006年4月15日、総本山・那須精舎の境内に、「総本山・那須精舎付属 来世幸福園」が開園した。

来世幸福園の中心には「大ストゥーパ」が建立されています。

2007年8月17日には「文殊堂」も落慶し、幸福の科学の信仰の象徴となっています。

大川隆法先生が立宗された幸福の科学の話をしています。


幸福の科学の刊行物によると、

1986年11月23日に東京都で開催された幸福の科学発足記念座談会に集った人数は約90名でした。

翌年3月8日の発足記念第1回講演会「幸福の原理」の聴講者は約400名でしたが

1989年4月に会の方針として伝道活動が許可されて誌友会員制度が発足しました。

同年11月26日に全国20会場で実施された「第1回全国統一神理学検定試験」の受験者数が2209人、

1990年1月に1万人余りだった会員数が5月末には3万人、7月には7万7千人に達して

1990年第7回講演会「勝利の宣言」が開催されました。

その後、1991年第1回大講演会(2月17日)での「ミラクル宣言」を皮切りに大伝道が繰り広げられ、

1991年7月には会員数が150万人に達したとされています。

信者数が1000万人を突破したと公表されたのは1995年7月です。

また1996年に会員制度が変わり、以前の「正会員」のみが「会員」とされるようになりました。

そして2007年には新たな入会制度が導入されたのです。

1997年以降から現在までは、教団は信者数に関する情報を公に公表していないため、

正確な信者数は不詳です。

しかしこの増加の傾向をみればわかるとおり現在かなりの人数が

大川隆法先生のお考えに賛同していることが予想できます。


大川隆法先生による幸福の科学が立宗してからをおいかけています。


支部や本部を統括する総合本部は東京都杉並区西荻南にありましたが、

1987年に杉並区松庵に移動し「東京支部」となり、翌年に再び西荻南に戻りました。

その後1999年には東五反田のビルに移っています。


1997年8月にはアフロディーテ会を発足し、会内では婦人部の総称で位置づけられています。

そのほかに壮年部的な位置づけにあたる「百歳まで生きる会」が1997年に発足しています。

研修・礼拝施設は「精舎」と呼ばれており、日本国内では28箇所で

大川隆法先生の考えに賛同するかたがたが日々その考えについて語り合っています。

大川隆法先生が幸福の科学で基本とされていることを今回はお伝えしようと思います。


幸福の科学では公式教義が公開されています。


基本教義は、「正しき心の探究」と、その具体的展開としての「幸福の原理」です。

その中心の教えは「愛」と「悟り」と「ユートピア建設」という言葉で表すことができ、

「愛」とは「与える愛」であり、仏教の「慈悲」と「布施」の精神を根拠としています。

また「悟り」とは「仏性の顕現」であり、霊界の多次元構造で説明しています。

そして「ユートピア建設」とは、仏陀(大川隆法)の考えた理想社会、

仏法を学ぶ人たちのつくる平和な社会を理想とするものです。

「愛」と「悟り」は、書籍「太陽の法」で示された通り、「愛の発展段階説」によって繋がっており、

東西両文明を融合して、地球規模の理想郷を建設するための精神的主柱となるのです。

こうして、「愛」と「悟り」と「ユートピア建設」が一体となり、仏神の理想が実現されるのである。



大川隆法先生が立宗された幸福の科学についてかいています!


前回チャネリングを通して偉人や宗教家と交信しているとお話いたしましたが、

その代表を今回お伝えしようと思います。

まず仏教系では日蓮、日持、空海、恵果、天台、日蓮、日持、空海、恵果、天台智顗、

親鸞、唯円、蓮如、 一遍、道元、栄西、白隠、良寛、無門慧開などで、その交信た記録として「霊言集」を出版。キリスト教系では、イエス・キリスト、モーゼ、ミカエル、スウェーデンボルグ、内村鑑三などの「霊言集」を出版。

その他多くの偉人宗教家と大川隆法先生は交信しています。

またその理論書の『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』が出版されることで数多くの信者が集まり、

1991年3月に宗教法人となったのです。


宗教としての位置づけについては一部の宗教学者によると、新宗教のなかでも、特に「新新宗教」という分類(オウム真理教や阿含宗などを含む)に属するとするといわれています。

しかし一方では、教団は「先進宗教(アドバンスト宗教)」であるとして、他の新興宗教団体と同様の分類には属さないとしていているようです。