お嬢は努力の人だった。
天才肌には程遠く、やれば少しアップ、やらなきゃ撃沈。
本人もそれがよくわかっていて、目標とする学校があったので、努力を続けた。
でも、なかには、明らかにお嬢より遊んでいるのに、余裕でいつも点数のよい子がいた。
土曜や日曜など、受験しないお友達と電車に乗ってどこかへ一日遊びに行ったり、親が宴会好きで、平日の夜でもどこかの居酒屋について行ってたり。
6年生じゃなくても、平日の夜だって宿題をしっかりやらねばならなかったし、休日もやることは山ほどあった。だからお嬢はいつも机に向かっていて、親も答え合わせや次にやることの指示、間違い直しノート作りなどのため、一緒に机に向かっていた。
それでも、それだけやっても、遊んでそうに見える子の方がよい点を取ったりした。
これじゃあ、お嬢がかわいそうだ。
本人の意思とはいえ、ほかにもやりたいことがあるだろうに我慢して机に向かっている。
なのに楽しそうに遊んでいる子の方ができるなんて。
こんなにやってるのにどうして?
まだ未熟な母だった私は何度もそう思った。
ここで、絶対の信頼をおいていたお嬢の塾の先生からの一声。
「安定して必ず点が取れる子は一握りですからね。そのうち男の子は女子校は受けられません。ね、そう考えると上位者の人数減りますよね。要は合格者のなかに入れればいいんですから、そういう子たちとは勝負する必要ないんですよ。お嬢さんは圏内に入ってます、頑張りましょう。」
そうです、他の子と比べることは浅はかなこと。
天才系の子は一を聞いて十を知る。
お嬢は十を聞いて二、三を知る。
悔しがったって、勝負にならない。
かわいそうだけどそれが現実で、あとは、自分で努力を選ぶか、諦めを選ぶか。
後になってわかる。
自分たちが得たかけがえのないもの。
それはあれほど頑張れた自分に自信と誇りを持つことができたこと。
渦中の親は、そんなのなくていいから、一を聞いて十を知る頭が欲しいと思うだろうが、それは大きな間違い。
欲しいものは簡単には手に入らないこと、我慢をすること、挫折から再び立ち上がる力。
親も子も、あの時があったから今があるんだとわかる時が必ず来る。