こんばんは ドロンパ ハート  今 ようやく 『ぺた』 の 旅から 無事 帰還 しますた。


あぁ、 なんとなく 右手が痛い うぅ~  (もともと 腱鞘炎 やってるので あんまり 手を使うの

よくないんだけどね。 毎日 仕事でも めちゃ 手 つかってるな・・・。あは・・・。)



今日は 初登場の 母方の祖母 との 話です。富士山初日の出




私が 小学校 高学年の時  母方の祖母 が うちに 遊びに来た。


同じ 市内と言うこともあり いつもは 早く帰ってしまうのだが めずらしく


その日は 夕方まで 一緒 だった。 お茶を飲みながら 軽食をとり TVを 観ていると


『ドラゴンボール』 の 再放送 が 始まった。



いつものように 何気なく 観ていると 『ピッコロ大魔王』 が 出てきたので


私は 祖母に 何気なく 「おばあちゃん!観て 観て!! これ 宇宙人 なんだよ!!」


と 説明しながら 画面を 指すと  



祖母は  急に 表情を 曇らせ・・・あせ


「宇宙人は こういうんじゃない・・・。むんちゅ」 


と 言ったまま しばらく 無言に なってしまった!!



母も 私も どうしていいかわからず 全員で 無言になってしまった・・・。 



「しーーーーーーーん」 ががん



私が 一応 「これは この アニメの 中の 宇宙人で ピッコロ大魔王って言うの。」


と 説明してみても  「 いいや! これは 宇宙人じゃない!!むんちゅ」 


と 断固として 否定されてしまった。




とりあえず なんとか 話を 変えて  その場を 乗り切った 母と 私だったが(笑)


その後も それ以上 その件に関しては 追求できずに 迷宮入り してしまったのだが 




あの 祖母の まっすぐな 視線の先 を 考えると  


きっと   宇宙人を 見たことがあるんだ! 


間違いなく あれは 目撃した者しか できない コメントだった。マジで!! 



  


もうひとつ おかしい 思い出を・・・。



中学生の時 母と 都内に 遊びに行って いつもは 銀座とか デパートなど しか 行かないのだけど  


当時  父に  新しく 出来た 『面白いものを いろいろ 売ってる  東急系のお店』 が 渋谷にあるから


そこに行って来れば?!と言われて  たまには 渋谷に いってみようか と なり


駅を 降りて とりあえず どこにあるかわからないから タクシーに乗って いけばいいや となって


いつものように タクシーで 移動。 


(日ごろから ほんのちょっとの 距離でも すぐに タクシーに乗る 私達 でした。 

おじょうは 最近になって  歩くことを 覚え! 近場では ほとんど タクシー 乗らなくなったなぁ^^)




タクシーに乗り込み 母が 気取った格好で 得意げに 



「東急ハルク まで!!」



すると 運転手さんが 「???」 な 様子。


「お客さん。 ちょっと 聞いた事無いんですけど・・・。」


「なんか、 新しく 出来たとかって・・・。デパート だと思うんだけど!」 母が言う。



すると 「困ったなぁ・・・。 あ!! そうだ! 小田急ハルク じゃないですか?」


「いいえ!違います! 東急ハルク です!」



私と 母が 「東急ハルクだよねー!!」などと 言っているのを 聞いて


困り果てた 運転手さんが 提案した。



「うーん・・・。 じゃあ とりあえず それらしいとこまで 行ってみますか?」


「はい、 おねがいします。」


そして 走り出した。 車 ビル



渋谷の 街中に 着き デパートらしい ところ を ぐるぐる。


しばらくして 運転手さんが 


「あぁ!! もしかして あそこ 東急なんとかって言ってたなぁ!」


と 気付いてくれて もしかしたら? という 場所に 連れて行ってくれた。



そこは 『東急ハンズ』



「ここじゃ ないですか?」


「は・・・・・・・!!・・・・1


「ここだ ここだ!! 全然 ハルク じゃないじゃん・・・。あぁん?


「あらやだ! ここだわ・・・。 すみません・・・。」


そして 逃げるように タクシーを 降りて 店内へと 入った私達。



タクシーを 降りると 笑いが 止まらなくなっていた。



以前  よく 二人で 夕方 やっていた番組 『緑の超人 ハルク』 


(主人公 ハルク が 怒ると ワイシャツの ボタンが はじけ飛び 服が 破けて 

急に ムキムキの 緑の怪人 になってしまうという かなり 笑える ドラマ(?)なのだが

よく 考えると かなり ばかげなんだけど! おもしろくて つい観てしまうんです!)


を 観ていたので


その 『ハルク』 という ネーミング が 自然と 口から 出ていたのだ。


そして 二人とも 『東急ハルク』 だと 信じて疑わず 

あれだけ 言い切って 連呼 していた 私達。ガーーン…


いまでも 『ハンズ』 を 見ると 『ハルク』 のことを 思い出します。

こんばんは。 最近 夜になると 眠くて眠くて 得意げぐぅぐぅ なかなか パソコン 開けずに いまちた。



昨日の お昼休み (十二時半~二時半)に  こたつ (前にも 書きましたが ここは 夏でも 朝晩冷え込むし、

天気の悪い日は 気温が上がらず 寒いため ほぼ 一年中 こたつがあるのです!)


に 入って お昼寝Wハート をしていました。 そして 二時になり 目覚ましが鳴ったので


あわてて 起き上がろうとして 布団から 出ようと 手を ついたところ


ガバッ  ガウガウームカムカ  パックン パックン 泣き


『いったーい』  痛 え~ん


隣で 寝ていた 犬 (ロングコートチワワ 巨大) に 左のうで を 噛まれました・・・。・・・泣




起きたてで いまいち 状況が 飲み込めず 腕を押さえて しばらく じっとしていると  


頭が 冴えてきて 痛さが 現実になり じんじんとした 痛み 走りました。  



やられた・・・。


ついに 噛まれてしまった。



いつもは 私の 部屋で 寝ている 犬を たまに いるのが わからなくて

まさか いるとは 思わずに 急に 足を 伸ばして 蹴ってしまう ことが あるのだけど


そのときも ガウガウー と いって 向かってくるのだが


私が 「ごめんごめん いるの わかんなかったんだよー ごめんねー」 と言うと


我に返り シッポを振って 許してくれるのだけど



今回は 私が 寝起きで 誤らなかったから なのか  


結構 思いっきり  噛みやがった。ドンッ



うでには 歯の ささった が 三つと 小さく ちょっと えぐれた 所が 一箇所 あり 

ほんのちょっと 流血 していた。なく



うちの犬は チワワなのに 8キロ 近くあり 骨格も でかく 口は柴犬くらいある。

しかも 小さい頃から ガム で 鍛えたせいか かなり 噛む力も すごいみたいだ・・・。



そんな のに 噛まれるのだから 年中 うちの家族は (特に 母)

青あざが たえない・・・。



でも これでも 以前よりは 丸くなっていて 


前は 身体を 触ろうモンなら 怒り パックン

食べ物 そこに あるよ! と 指を 指そうモンなら パックン(これは今でも)

あらあらー などと 言おうモンなら パックン

ブラシをしてて 気に入らない とこを やろうモンなら パックン

食べ物を あげているときに ちょっとでも こっちが 

おびえた そぶりを 見せようモンなら パックン 

部屋に 蚊 などの虫がいて その虫に 私が びくっと しようモンなら パックン(なぜ?)


だったのだが いまでは そんなには 噛まなくなっていたのだが。




久々に噛まれ 「痛い」と 言う 私 を みて


犬 は テーブルの下に入って 隠れてしまった。


「いたいいたいー」


わざと 大きな声で 言っても 出てこない。


いつもなら 私が 足の小指を どこかに ぶつけたり

何かを ふんだり して 「痛ーい」 と 言うと まっさきに 飛んできて 

顔中 ぺろぺろ なめて 「大丈夫?」と 心配 してくれるのに・・・。 


来ない・・・。


悪いと思ってる模様。


テーブルの下で すまなそーうに している 犬に


「 ぼっちゃん もういいよ。 お姉ちゃん 怒ってないよ。 出といでー!!」


と 言うと 聞いてるもよう。


「ぼっちゃん おいで 大丈夫だよー きてー 」



すると しばらくして テーブルの下から のそのそ 出てきた。


近づいて 頭をなでる。


なぜなぜ。


「ぼっちゃん ごめんねー びっくりしたよね? いるの わからなかったんだよ。」


そう言うと 「わかったよ もういいよ」 といわんばかりに シッポを振って ぺろぺろ  


もうすっかり いつもの 『ボス』 になっていた。



そこで 急に


「今度 やってみろ! ただじゃ おかねーからな!!」

(最近 鬼嫁ちゃん の 口調が うつってきた!)


低い声を 出して 言ってみる



固まる ボス


「うそだよー! ぼっちゃん。 ハート」 


急に 猫なで声 で 言いながら

我ながら その変わり様に なんて やくざなんだろう!と 浸っていると(笑) 


ボスは 無視して コタツに入ってしまった。 


逃げられたか・・・。 ふふふ。


おじょうの うちは こんな お馬鹿な 日常を 繰り返してる 懲りない 一家です・・・。


けして マゾ ではありません (笑)


ボス のことも また ぼちぼち 書いていきまっす!

こんばんは はーと さっき 記事を書いてて 『トゥルン』 と 書こうとして 


小さい「ウ」をXU で打ったらパソコンが 反応せずに いて 


そのうち 砂時計が 出てきて 


「やばいっ!! 消えるー!」と 思った時には


もうすでに 記事が 消えてました・・・。 くっそームカッ




気を取り直して タヒチでの 出来事です。




今までは 南半球の 『タヒチ』 に 行こうと思ったら

成田から 出発して どこかを 経由 しないと 行けなかったのが

私が 小学校 5年の時に ついに 『直行便』 が 出来た!!  



子供の頃の 感受性が 一番 強い時に  きれいな 景色 を みせておく事は

この子の 人生の中に とても 強烈な 良いインパクト を与えてくれるだろうから と

ずっと タヒチに行きたがってた 母に 連れられて

私は 小学校5年生の夏休みに タヒチに行った。



タヒチに着き  首都にある (今は ないのかな?!このホテル)

『ハイアット リージェンシー タヒチ ホテル』 に 泊まる 



緑の中に そびえたつ そのホテルは 壁一面に ブーゲンビリアが 咲き乱れていた。

建物の 中に 入ると ひんやりとしていて 気持ちがいい。



部屋に案内されると ひろーーーい 部屋に おおきーーーな クイーンサイズのベッド が 

二つ 置かれていて 床に敷き詰められた じゅうたんは 毛足が 長く

たとえるなら ダスキンの モップ みたいだった。

部屋の数も 二人で 泊まるには 多かった。



ルームサービスも めちゃめちゃ 気が利いてて!

注文してないのに 一日に 何回も チョコ や フルーツ、 

シャンパン や お菓子 などが 部屋に 届られた。



当時は 日本人観光客が まだ 少なくて めずらしいらしく

ホテルの カフェ や レストランなどで 会う 外人(ほとんど フランス人)に

「オー!! ジャパニーズ ドール!!」 と 声を かけられまくった おじょう。

(たしかに 当時 前髪ぱっつんで おかっぱのような ヘアスタイルだったからなぁ。)




そして 日本語 や 英語 が 通じるのって ホテルのフロントの人 何人かのみで

ホテルを 出てしまうと 現地人 だらけのため タヒチ語 と フランス語 しか

通じないらしい。 なので 女二人だし 危ないので 

ほとんど ホテルの中の レストランや 売店で 買い物をし

バスに乗って 一度だけ 市場に 行ったのと

街なかにある 超高級な 中華の レストランに 

タクシーを チャーターして 一回だけ行ったくらいで ほとんど 出なかった。




そんな ある日 母が トイレで 悲鳴をあげた!!


どうやら 生理が きてしまったらしい。



旅行に行くからと わざわざ 病院で ピルをもらって 生理を ずらしたはずなのに


環境の変化か 突然 やってきた。



さあ、困った。 当然 何の用意も無い・・・。



「おねがい! 売店で ナプキン 買ってきてくれる?」


「えーーーーーー!!」



おじょうは まだ このとき 生理になってなかったので 

ナプキンを 買いに行くのに 少し 抵抗が あった(笑)



(まあ、 日本では 小学校低学年の頃から いつも 近くのスーパーに 

母の ナプキンを 買いに 行かされていたのだが・・・。

そのときは いつも わざと 紙に書いてもらって 

いかにも 『頼まれて買いにきてる人』 を 演じながら

私じゃないです!!と 言わんばかりに

それを持って 見ながら 買いに行くのだった。今 考えると 

なんて 意味のないことを・・・。 無駄な抵抗だな・・・。)



それが ここ 外国で かい・・・。



でも 母は ナプキンが 無いと トイレから 出られなそうだ。

これは 行くしかない!!



私は 母に お金をもらうと 「なんて 説明すればいいんだろ?」 と聞く。


すると 母が メモ 持ってきて と言い 私が 部屋から 持参すると

カタカナで 英語らしき 言葉を 書いた。

「これを 読めば 通じると思うから! 大丈夫、がんばって!!」



大丈夫なんだろうか・・・。不安なまま ホテルの売店に向かう。




売店に着き タヒチ人のおねえさんに 話し掛ける。


「アイ ウォント ナプキン。  マイマザー ユース。 」


おねえさんが 「はてな」 な 顔をする。



伝えなきゃ!!


おじょうは 知ってる単語を とりあえず 言ってみる。


「マイマザー  ブラッド!!  」


まだ わからないらしい。



今度は 手を にぎったり ひらいたり 連続の 『結んでひらいて』 の 形で

股間に 持っていくと! そこで ぱかぱか にぎり ひらきを 繰り返し



「マイマザー  ブラッド血痕 ドカドカー   

ブラッド血痕 ドカドカー 」


と  ジェスチャー 付きで 言うと  


おねえさんは 「あぁ!!」 という 顔をして


レジから 離れると 奥の 棚に行き ナプキンを 取った。



「そうそう!!それ!!」


うなずくおじょう。



そして なんとか 無事に 通じて 買って 帰ることができた。



「えらい」  ほめられて 浮かれるのも つかのま




ナプキンを 開封した 母が 「なんだ!これはっ!でっかーい!!」と叫んだ。


普通用 らしいが それは 日本の 『多い日の夜用』 以上 あった。



確かに 考えてみれば 納得。 街で 見かける タヒチ人 は みんな 巨大だった。

すもうとり みたいな 人が わんさか いた。

「こういう気候 だから 野菜も なにも みんな 育っちゃうのねー!」 などと

昨日も 大根ほど ある きゅうり を 見ながら 母と 話していたのだった。 



「こりゃいいわ! お土産に買って帰ろう!!」


そして 母は 宣言どおり お土産に 大量のナプキン(タヒチ人サイズ)を 買い占めた。



結局 そんなこんなで 母が 生理になってしまったため 海のきれいな 島に行く ことも

なくなり  本当に ホテルの中で 遊び 唯一 いろんなところで 写真を 撮った位で

この旅は 終わった。



タヒチは ゴーギャンが 魅了されただけあって 本当に なんでも 色が綺麗で

景色も 緑も 花も 空も 夕日も 空気も 壁にへばりついている ヤモリも!みんなみんな 印象的だった。



今回の旅の為に 水中で 魚も 撮れる 最新式のカメラ を 親に 買ってもらい

プロの カメラマンに 写真の 撮り方 まで レッスンを 受け タヒチに行ったのだが


日本に帰ってきて 50本近い 数の フィルムを 現像に出すと  みんな 真っ黒。



どうやら 防水の鉄板を ぱかっと 開けて そこに フィルムを通してから また 閉めるのだが

その 鉄板を どかすのを 忘れて 上から フィルムを セット してしまっていたらしい。

あぁ 何ということを   ばかだねー・・・。


さすがに 親に 怒られた。「バカなんじゃないの!!」と あきれられた。


それから 二度と このカメラの 話題には  二度と 触れられなくなった。


あぁ。 なんて おろかな わたし・・・。うぅ。 


タヒチには 武勇伝と 思い出したくない過去 が 混在しとります。


あぁ、 いつか リベンジに 行きたいなぁー。