つわりは少し。
今回はやたら眠い。
食べたら横になり、なるべく自転車に乗らず…
そんな生活ばかりしている。

毎日ダラダラしていると、掃除も食事の準備も面倒くさくなってくる。

料理の品数が一品料理になり、心の底では旦那様に申し訳なく感じているが、頑張れない。

最近心がけている事は、お腹の赤ちゃんに少しづつ話かけている事。
長女の朱里も話しかけてくれる。
本当に赤ちゃんがお腹にいるんだなと実感できて嬉しくなる。

あと、やはり神頼みになってしまう。
できるだけ毎日供養用のグラスに水を入れ、(どうか元気な赤ちゃんが生まれますように)と祈る。
もう、祈るしかないのである。

これだけ普通に生まれる事が奇跡なのだと感じてしまう。

夜、朱里の寝顔を見ながら、生まれてきてくれてありがとうと、頭を撫でたり手を繋いだりしてしまう。
朱里の時は検診が怖いなんて一度もなかったし、心配なんて一度もなかった。

反対に子供嫌いなアタシが、本当に育てていけるのか不安で眠れぬ夜を過ごした事もあったほどだ。

子供を生むまで、アタシは子供が大嫌いであった。
だけど…
だけどアタシはまた赤ちゃんを授かった。
今回は治療をせずに。

今度こそ、このこを守らなければならない。

友達にはつい、不安と話してしまうが、今度こそ生みたい。

ただ術後に一度も生理がこなかっただけで、赤ちゃんが元気ならばそれでいい。
アタシの子宮がおかしくなるような事があったとしても、赤ちゃんが元気ならばそれでいい。

不安な気持ちを赤ちゃんに伝えてはならない。

7mmに成長しているエコー写真をみて、勇気がわく。
親は子供を守らなければならない。
自分の分身なのだ。
子供を守る事は、己を守る事と同じだろう。
分身なのだから…

改めてこんな気持ちになれたのは、8月にいなくなっちゃった赤ちゃんのおかげだろう。

8月4日にいなくなったが、妊娠発覚でもう6周ということは、49日を過ぎずに再び赤ちゃんがきた。

前回の子供が戻ってきたと信じている。
本当なら二週間後に検診なのだが、怖いので一週間後にまたとお願いをした。

「そんなに心配なら、いいですよ。けど、毎日診察すれば赤ちゃんが育つというわけでもないからね」と先生は言った。

わかってる、けど怖いんだもの…

これは流産を経験した人にしかわからないだろう。
まさに渓流流産した人にしか。

あれはたまらない。
元気に行ってきますと出て行った人が、いきなりいなくなるのと同じである。

アタシは渓流流産についてネットで調べたら、何とまぁ多いのか…
みんな悲しんで泣いている。あたしも、あたしも…となる気持ちの文章ばかりである。

何で子供の欲しい人こそ、それも30代半ばの人達に限って多いのか…

人生の試練なんて言葉があるけど、こんな試練は辛すぎる。

神様はイジワルです…