初めから相手に期待等を 

持たせなければいいし


自分も相手に期待を

持たぬようにすればいいんじゃないの~とちょっと思った。



相手に期待を持たれて終うと

それを実現出来ない時には


不平不満を言い渡されたり

下手にすると根に持たれたりもする。期待外れだなっ~とか。



それによる

こちらの罪悪感も一入となる

だろうし。



自分も相手に期待を持てば

どこかでそれなりのもの

が得られねば正直内心どっか

面白くもなくなるかな。




要するに期待と言うものは

持つ持たれる側双方にとって

それが互いに負心苦しませる

要因ともなりますね。




例えばの話、仮に好意を期待にしそれにより自分自身を守ろうと考えて相手に阿ている場合


期待外れであるならば

先ず相手に憤懣を抱かざる

を得なくもなるだろう。



だったら期待外れを承知で

初めから相手に等それを求めずにいられた方が良くないかな。



自分の意思や行動を

完遂し行くのに。


そうした意味でも

他者の期待と言う枠組みに

付いて囚われ過ぎない方が良いと言える。



相手の気分を慨さぬよう

そこに敏感になり過ぎるのか


意思決定に付いての

自身の行動が実際取りづらい

と言う場合もあるかと思う。



相手の好意的な所で

甘え依存を持ち込んだ時に

却って身動きのしづらさを

覚えるという事はしばしばある事だろう。



そこを割り切っていたなら 

相手側の態度様子に対し

こちら側が逐一傷付く事も

回避出来ようかとも思える。



自分事に付き

その決断決行の折に触れ


他者への期待に沿わぬ意向で

そこより離れた独自の意思完遂こそが必要な事も有ると言える。



相手の期待を越えた所に

有る自分の気持ち意思を

優先させねば為らぬ事も

あるから。




[再]