(創作)燃えかすさえ残らない | ネムリ・モヤのブログ

ネムリ・モヤのブログ

アートと旅と食を愛す孤高の仮面ライダー好き女

「マッチは、いりませんか?」

そんな呼び掛けに、今は誰も耳を貸さないだろう。

「過去を消せるマッチは、いりませんか?」

少し言葉を足すことで、立ち止まる人はいるものだ。

「お嬢ちゃん、面白いことを言うね。

気に入った、一箱いくらだい?」

マッチを売っていた若い女は、人指し指を立てた。

「100円ってことはないだろうな」

「お客さんの気持ち次第です」

「過去を消せるんだから、1000円でもいいだろう。

もしも多すぎたら、君のおこずかいにすればいい」

そう言って、男はポケットにマッチ箱を放り込んだのだ。

(こんなはずじゃなかった人生。

何に火をつければいい?

家でも燃やそうか?

それで過去が消えるなら、いいではないか。)

男は、マッチに火をつけた。

そのとたん、男の姿も消えてしまった。

残されたのは、マッチ箱が一つ。

さっきの若い女が、後を付けていたらしい。

「過去が消えるというのは、自分の存在が消えるということなのよ」

そう独り言を言いながら、その場を後にしました。(終わり)