丸いサングラスを掛けた男は、片隅に座りウトウトしていた。
前に座っている体の大きな男は、家族連れだ。
少し離れた緑の皮ジャケットを着た派手な女は、足を組んで長さを強調している。
車掌が奥から歩いてくる。
丸いメガネの男は、勇気を持って車掌に声を掛けた。
「この電車、行き先合ってますかね」
握りしめて少し曲がった切符をあわてて見せる。
「電車がリニューアルしましてね。…大丈夫です。この電車で合ってますよ」
丸いメガネの男は、ほっと息をなでおろす。
車掌は、次の車両に移った。
そこには、黄色いベレー帽をかぶった少女が乗っていた。
地下だというのにそこだけ暖かい空気が流れていた。
「あのね。先生、うっかりして先の電車に乗ったんだって。…先生、ちゃんと駅で待っていてくれるかなぁ」
車掌は、知った子らしく、立ち止まってしゃがんで目線を合わしながら答えました。
「間に合うかな。後で連絡を入れてみるからね」
そのピンクのスーツを着ていた先生は、駅で待っていました。
「あの子、ちゃんとこの駅で降りられるかしら。…心配だわ」
「先生が生徒を置いてけぼりにするなんて聞いたことがないですよ」
「駅長さん。だって、乗る駅の時計がちょっと早く進んでたんですもの」
「相変わらず、おっちょこちょいですな…。あ、私は今から仕事があるので失礼」
やがて、たんぽぽちゃんたちを乗せた電車が、先生の目線に見えてきました。
「春、春です」
春という駅では、たくさんの動物や植物が降りていきました。
駅中が、まぶしい春らしい光であふれています。
「桜先生!」
「たんぽぽちゃん、ようこそ春へ」
「もう、先生に会えないかと思ったんだから…」
「ごめんなさい。一緒にお空を散歩しようと約束してたのにね…」
やがて、電車はまた地下に戻っていきました。
あの車掌さんは、少しだけでしたが、桜先生を見ることができました。
車掌さんは、まだ自分の電車に桜先生を乗せたことがありませんでした。
いつも、前後の時間の電車に乗っているようなのです。
次にまた逢うのは来年でしょうか。
電車は無情にも時間通り、発車します。
次の夏駅に向かって行きます。
電車内の温度がみるみるうちに、あがっていきます。
車掌さんの顔が赤いのはそのせいだけでは無いようですが…。
やがて、車掌さんは、上着を脱いで、仕事に専念するのでした。(終わり)