(創作)椅子職人の夢 | ネムリ・モヤのブログ

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アートと旅と食を愛す孤高の仮面ライダー好き女

私は、家具職人を取材していた。
今回のテーマは、椅子である。
その職人は、家を継いだ訳ではなかった。
「きっかけは…」
と私が聞くと、
「ある言葉に感動したからです」
と言う。
「ある言葉とは…?」
「玉の輿(たまのこし)…ご存じですか」
「えぇ、まあ…」
少し絶句気味の私。
こんな場所で、こんな男性からきくとは思わなかったからだ。
「玉の輿って、本来の意味わかります?」
「さあ…」
なんか、取材内容と離れているが、とりあえずきいてみよう。
「玉とは、美しい意味。そして輿(こし)は乗り物、つまりは椅子って意味なんです。僕にもそんな椅子があれば、素敵な女性が現れるんじゃないかな…なんて思って作り始めたんです」
あぁ、意味を取り違えている。だけど、彼に教える事を戸惑う私がいる。
「はぁ。…で、その椅子は、出来たんですか」
「えぇ。見ていただけますか?」
自信ありそうな純粋な青年…いやそうでもないか。
女性を待ちすぎて青年の次の段階に進んでしまったようだ。
奥の部屋には、いくつもの椅子が並んでいた。
どれも彼の人柄が現れている作品ばかりだ。
「素敵ですね…。写真を撮らせてください」
意味を取り違えているとはいえ、彼の椅子には私の心を揺さぶるものがあった。
センスもいいが、素直さがひしひしと伝わるのだ。
いつか現れる女性のために、こんなに必死に作ってきたのか…。
なんだか涙が出そうになる。
…だが、今は仕事中だ。がまんがまん。
「…満足できましたか」
声がかかるまで、彼がいるのをすっかり忘れていた。
「ぎゃ…」
思わず素のリアクションをしてしまった。
「面白い人ですね…」
はい、よく言われます。なんていうのも恥ずかしいので、次の質問でごまかした。
「で、あなたの玉の輿はどれですか?」
「あちらの布がかかった椅子になります」
ゆっくりとその椅子に近寄る私達。
こんなに椅子ぐらいでドキドキするのははじめてだ。
「めくってみますか?」
私は、ただうなずいて白い布をめくった。
そのとたん、涙で椅子が見えなくなった。
「どうされたんですか…」
純粋でにぶい男は、驚いているようだった。
「私が、この玉の輿に座りましょう」
感動した私は、自分でも思っていない事を口走っていた。
こうして、私達は一緒になった。
私が、雑誌で彼の椅子を紹介してから、それは、本物の玉の輿になる。
今も、誰かの玉の輿を作るんだと椅子職人を続けている。(終わり)