私は、人の評価を気にして、他人の期待に応えられない時は、「応えられない自分が悪い」と、自分を責めることばかりしてきました。
何事にも自信のない私ですが、今している保育士の仕事だけは、手ごたえを感じていました。人の評価が気になる自分にとって、唯一、ひとから「いい評価」をもらえる分野だと思い込んでいました。
だからこそ、その分野で「否定」されたり「いい評価」をもらえなかったりすることは、自分にとって一番ダメージの大きいことであり、「そこだけは、絶対否定されては困る」急所だったのですが…
それが今回、ものの見事に一撃をくらい、私は、これまで気付いてきたものが崩れ去り、バラバラになりました。
多分、他のことなら、ここまでバラバラにならなかったのだと思います。いつものように、「あーあ、自分が悪いから」と自分を責めて終わっていたと思うのです。
ところが、今回は自分自身の急所に、大きな一撃をくらってしまったから、
大きくダメージを受け、すべてが崩壊してしまいました。
崩壊して初めて、自分の中に他人の評価とは別の、自分の確かな感覚、というものがあることに気づきました。この感覚を、信じてみる、ということを始めてみました。
すると、今度は、「自分の感覚が正しいならば、なぜ、他人は私のことをこんなに悪く言うの?私の方が正しいなら、こんなに悪くいう他人は、間違っている!」と、猛烈な怒りが湧いてきました。
そして、私は、自分が正しい!他人が間違っている!と、ジャッジすることを始めました。
いや、これまでも、無意識のうちにジャッジはしていたのだと思います。この逆パターンで、「他人が正しい」「自分が間違っている」と常にジャッジしていたのだと思います。ただ、無意識、無自覚でした。それが、今回の件で、表面化してきました。
常に「あのひとは間違っている」「本当は私が正しいことを、認めてもらいたい」「正当に評価してくれないあのひとのことが許せない」と相手に対する怒りを抱えていました。
すべては〇か✖
相手が〇なら自分は✖ 自分が〇なら相手は✖ 今回は相手が✖だあ!✖はだめ!〇の私が正しいからちゃんと認めてほしい!
と四六時中考えていると、息苦しくなってきました(x_x;)
この息苦しさから解放され、明るく過ごすにはどうしたらいい?
誰かに、「相手が悪いですね、あなたは間違っていませんよ」と言ってもらいたくて、この時期、何か所もタロット占い、チャネリング等に通いました。
しかし、返ってくる答えは、私の望んでいる答えではなく、「枠にはまって身動きがとれなくなっていますね」「ガチガチですね」「状況を変えるためには、あなたの考え方を変えることですね」「思考がぐるぐる回っているからハートで感じて!」「思考をゆるめて!」というような答えばかりでした。
よく分かんない(´_`。)分かんないけど、今の自分じゃだめってことなんだ…
ますます落ち込んでドツボにはまる気分でした。
そして、色々言われた中で、特に心に残った、でも、分からなかった最大のキーワードが
「ジャッジをやめましょう」でした。
ジャッジをやめるってどういうことだろう?
意味が分からず、悶々とした日々が続きました。